第三話 スキの気持ちは止まらない

#10 異邦人

 パソコン紛失事件を終えたその翌日、放課後。俺は……


「いや、昨日部活に来れなかったのには深い理由があってだな……」

「本当か~……?」


 …… 一人の女子にジト目で見つめられていた。名は雨海愛依あまみめい。やはり面倒くさがらず昨日のうちに連絡を入れておくべきだったか。俺は過去の己を呪った。


 そんな窮地に立たされた俺に……突如、女神が舞い降りた。


「ごめんなさい! それ……きっと私のせいだよ」

「えーっと……アンタは?」

六町琴葉りくまちことは、B組です」

「あたしは雨海愛依、D組……っていうか『アンタのせい』って?」


 おそらく、見かねた六町が助け船を出してくれたのだ。ありがたい。だが……。


「……取り敢えず、話は部室でいいか?」

「? なんでわざわざ?」

「それは……」


 周囲を観察すると、主に同じB組の生徒たちから視線を感じる。それもそのはず、六町のこの超大幅イメチェンは今日が初日だ。同じクラスの人間からは当然のように注目されている。


「……俺が気にするんだよ」

「気にする……?」

「ちょ、待ってよ!」


 俺は構わず部室へと向かっていった



~~~~



 校舎2階、その奥まった場所に将棋部の部室はある。玄関に繋がる中央階段からはかなり離れており、多少の不便を感じることができる。


「はぁ、なるほどねぇ……昨日そんなことが……」

「分かってくれたようで何よりだ」


 六町がいてくれて本当によかった……。俺だけじゃなだめるのにも時間がかかっただろう。当の六町はというと、もの珍しそうに部室を見回している。


「でも、将棋部って割には色んなものが置いてあるんだね? 将棋盤とかはまだ分かるけど……」


 六町が言う通り、この部屋には将棋盤だけでなくビニール傘や大きな板、それに妙な衣装やランドセルまで様々なモノが……改めて見るとカオスだな、この部屋。


 六町は部室の中を物色していると、あるモノに目をつけた。


「これ……」

「初代キラマジのDVDだな。なんでこんなモノまであるのかは俺にもマジで分からんが」

「懐かしいなぁっ~!」


 キラマジ。毎週日曜朝8:30放送の女児向けアニメ作品シリーズである。初代が放送開始したのは10年以上前、今の高校生はちょうど世代だろう。


 俺? 女児でさえ見てる作品を今年17歳の男が見てないワケないだろいい加減にしろ。毎週欠かさず早起きしてはテレビの前で内心「きあまじがんばえ~!」してますよええ。


「それにしてもこの部室、なんでこんなに色んなモノが……」

「演劇部の物置きも兼ねてるんだよ」

「ひゃっ……?」


 そう言って部屋の奥から出てきたのは、本庄先輩だった。


「ははっ、驚かせちゃったかな?」

「い、いえ……私も少しずつ、慣れていかなきゃだよねっ……!」


 六町は自分を奮い立たせた。まぁこれでも同年代の男子耐性はマシになりつつ……あるのだろうか?


「……えぇっと、それで『物置き』って言いましたっけ?」

「うん、富坂高校はあまり広くないからね~。うちは演劇部と場所を折半してるのさ」


 本庄先輩が説明する通りここは演劇部の物置きも兼ねている。そのため小道具やら衣装やらで、将棋部という割にはやかましい光景となっているが。ただそのおかげか、活動内容の割に部室は広め。こちらとしては悪い条件ではない。


「……そういえばなんだけどさ、今日うちのクラスの図書委員が言ってて。何か月か前から図書室で、妙な利用者が続出してるらしいんだよ」

「妙な?」


 急に話の流れ変わるじゃん……。17秒間に話題が4回転ぐらいしそう。


「なんでも毎回同じ本を図書委員に持ってこさせては、結局それを読まないんだとさ。で、そんなヤカラが何人もいるって話」

「『毎回同じ』って、本当に”毎回同じ”なのかい?」

「そうなんです! 毎回ソレをやる生徒は違うのに、何故かチョイスする本は同じらしくて……」


 確かに変だし、意図も読めない。なんだか不思議な感じだ。


「まぁ、詳しくは改めて話を聞きに行かないと分かんないけど……」

「気になる……気になるよねっ? 二駄木くん!」


 六町は行く気マンマンであった。


「いや~僕も気になるところだけど……あいにく今日は忘れ物を取りに来ただけなんだよね。この後予備校に行かなきゃいけなくてさ」

「そうっすか。まぁ受験生ですもんね」


 本庄先輩はここで離脱。雨海も大方乗り気のようで、俺は……まぁ、長いものに巻かれますかね……。


「……行くか、図書室」



~~~~



 俺たちは2階へ降りて図書室へ向かった。


「今日も人少ねぇな……」

「二駄木くん、よく来るの?」

「まぁな」


 俺にとっては見慣れた空間だが、一応改めて部屋を見回してみる。


 図書室には5つのテーブル席と3つの個人席が存在する。テーブル席は部屋の中央あたりに置かれており、複数人で一緒に勉強するなら自習室よりこちらのほうが向いている。


 一方で個人席は部屋の隅で壁に沿って並べられており、またその真横には席を隠すかのように本棚が配置されている。落ち着いて読書をするのに適した場所だ。


(図書室、見取図【https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/kQGKSMUm】)


 雨海がそっと耳打ちした。


「そこに座ってる図書委員、ちょうどあたしが言ってた子だよ」


 雨海が指差す方にはカウンターがあり、そこには確かに本を読んでいる図書委員がいた。雨海はカウンターの方へ向かい、声を潜めて話しかけた。


「あ、雨海さん」


 俺もおそらくここで何度か見かけたことのある図書委員だ。外見的特徴は……何というか、すごく普通。本気で他に形容しようがない女子だ。


「なぁ、前に言ってた『妙な利用者』の話、詳しく聞かせてくれないか?」

「あの話ですか? いいですけど……」


 図書委員ちゃんは読んでいた本に栞を挟み、カウンターから立ち上がった。


「毎回異なる生徒が、毎回同じ本を図書委員に持って来させるって言ってたじゃん。『毎回同じ本』って何?」

「『毎回同じ本』というのは、ドイツ語辞典です。……あっ、ちょうど昨日も来てたみたい。返却カゴに残ってますね」

「そのミョーな利用者が来るのって、曜日とか決まってる?」

「今のところ、火曜か木曜のどっちかが多いですね……よいしょっ」


 図書委員ちゃんはそれを両手で持ち上げ、こちらに見せてきた。背表紙には『Wahrig Deutsches Wörterbuch』と書かれている。


 本来この本が置かれているのは『言語』に分類される棚……ちょうど例の個人席に面している、席の真隣にある棚だ。ちなみにその真裏っ側の棚は『文学』、おそらく俺が今まで借りた本が最も多い場所だ。


 にしても図書館の辞書は皆ドデカいよな。うちの図書室の本棚は棚板の位置を調節できるタイプなのだが、『言語』のとこだけ他より明らかに板の間隔が広い。デカ過ぎんだろ……。


「でも、持って来させておきながらその辞典を開く人は一人もいないんです。ひどい話ですよね!」

「たしかに、自分で持ってくればいいのに……」

「借りるどころか本を開きもしないなんて! せめて表紙くらい開いて欲しいものですっ!」


 怒ってるの、そこなんだ……。


「……しかも、それで終わりじゃないんですっ」

「えっ、そうなの?」


 雨海は意外そうな顔をした。どうやら、彼女もまだ知らない続きがあるらしい。しかし図書委員ちゃんが続きを口にしようとしたそのとき……。


「……あっ、東金さんっ! またお絵描きしに来たんですか!」


 突然図書委員ちゃんがガタッと音をたてて立ち上がった。


「え~どうせ空いてるし、うるさくするわけじゃないし~、よくなーい?」

「図書室はお絵描きする場所じゃありませんっ!」


 その女子は俺たちの背後に隠れて中へ入ろうとしてたらしい。まず目を引くのはその容姿だろう。色素の薄い髪色、整った顔つき、青い瞳、ふわっとした長い髪……日本人離れした美貌だ。


「ってあれっ! メイとソーイチと……誰っ?」


 ……その名を東金とうがねマリーと言う。

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