#08 不在証明

 俺が三門に啖呵を切った時点で、今回の事件の真相について概ね予想がついていた。


 ただこの推測を語るには、確かめないといけない点がいくつかあった。そして……そのうちの一つは、俺一人でどうこうできるものではなかったのだ。


 時は戻って、六町とパソコン室から外に出たあのとき。


 彼女は俺に言った。


「……本当に証明なんて、できるの?」

「お前次第……としか言えんな」


 俺は一呼吸おいて問いかけた。


「六町……お前、『青井颯』なんじゃないか?」


 六町は目を逸らし、俯いた。肯定の沈黙か。


 しかし……今の装いと青井颯とでは、やはりギャップがある。髪型が変わっているだけじゃない。メイクも変わっている。目の色まで変わっていたのはカラコンだろうか。


「お前は以前、帰り道で言っていた。放課後に俺がいる教室へ訪れる、と。でも結局お前は来なかったよな」

「……ごめん」

「責めてるわけじゃない。六町……本当はあのとき『来なかった』んじゃなくて、『来れなかった』んじゃないか?」

「……優しいね、君は」


 六町は今まで、おそらくは人に見られないトイレの個室などでメイクし『青井颯』に変身していたのだ。


 昨日、六町は体育祭準備の手伝いをすることになった。それだけなら少し遅れる程度だったのだろう。ところが不運にも、彼女はその最中に鏡をなくしてしまった。


 単に鏡でよければトイレの流しなどにもあるが、メイクを誰かに目撃されてしまう可能性もある。できることなら自分の鏡を見つけて、メイクは個室でしたかったのだろう。


 しかし鏡を探している途中で偶然、六町は変身前の姿で俺に出会った。


 帰ろうとする俺を見て六町は、急いで青井颯に変身。後は知っての通り。俺が校舎を出るギリギリのところで間に合い、謝罪……大体こんな感じか。


「……バレちゃったんだ。いつ気づいたの?」


 あははと力なく笑う六町。だが、表情はまるで沈んでいる。


「扇風機のヒモを切ろうとしたとき、ハサミを持ってるかどうか俺に聞いてきたよな?」


 六町は頷き、少し顔を上げた。


「あれ、不自然なんだよ。お前はあのとき真っ先に俺に聞いてきたが、本来なら俺なんかより先に声をかけるべき人間がいたんだ」


 あの場には六町と既に交友のある真鶴や、パソコン室の主たる川口先生もいた。ハサミを持ってるか聞くなら、まだ面識がほぼゼロだった俺なんかより、まずはそっちに聞くのが自然なはずだ。


「けどそうしなかったのは、俺がハサミを常備してるってことを知っていたからだ。違うか?」

「……凄いね。そんなことからわかっちゃうなんて」

「そりゃ、どうも。でもそれより……大事なのはこっからだ」


 感心する六町だが……彼女にとっていま最も重要な案件はコレじゃない。


「俺はこのあと、事件の真相をあの場で説明する。だがそのときに、三門がパソコン室を離れていた間……ちょうど17時40分頃の不在証明アリバイが必ず必要になる。そして、お前はこれを証明する術を持っているはずだ」


 17時40分、最終下校を促す予鈴が鳴る時刻。


 六町が青井颯だったのなら、当然六町がパソコン室であの仕掛けを作れたはずがない。なぜなら……


・・・

『二駄木くんッ!』

 背後から声が聞こえてきた。俺は立ち止まり、振り返った。

・・・


 ……なぜならその時、六町は俺と会っていたのだから。


 俺を引き留める六町の声は割と視線を集めていた。証明することはおそらく容易い。


 …… 一つの障害を除けば、だが。


「あんな格好をわざわざ放課後にするくらいだ。何かワケがあったんだろうが……まぁそこは重要じゃない」


 気にならないでもないが、今は置いておくことにする。


「ただ、今回の一件で助かりたいなら、あのとき俺を呼び止めていた女子がお前だと明かす必要がある。でも……それをする勇気がなかったから、さっきは何も言えなかったんだろ?」

「それは……その通りだよ……」

「こればっかりは俺がどうこうする話じゃない。お前の決心はお前にしかできないことだ」


 六町は躊躇ためらっている。黙りこくって、自分がどうするべきか、どうしたいかを悩んでいる。


「……私、中学までずっと友達がいなかったんだ」


 意外だ。見た目は悪くない……むしろいいはずなのだが、やっぱりワケありなんだろう。


「でも高校生になってからは、色んな人と仲良くなれた。真鶴さんだってそう。……だから明かしたくないの、私の正体を。せっかく普通の子みたいになれたのに、初めて友達ができたのに、それを全部手放しちゃうんじゃないかって……」


 彼女は憂いているのだ。


 信じ切ることができない、と。今まで見せてこなかった自分を見せてもなお、それを受け入れてもらえるのだろうか、と。


「六町はこういうことで悩んだりって、今までなかったのか?」

「……うん。悩むような相手がそもそも、ね」

「やっぱりな。……でも、いいんじゃないか。信じてみて」

「どうしてそう思うの?」

「だってよ。それって……人を本気で信じようとする、そんな”機会”さえ。お前には今まで一度もなかったってことだろ」


 そんな悩みに初めてぶち当たったような人間が、一丁前に迷っているというのが、俺にはなんだかおかしく思えてしまった。


 過剰な口出しはしないつもりだった。ただ……それでも目の前の彼女は、どうしようもなく道に迷っていた。放っておいたら、こっちが後悔してしまいそうなほどに。


 そういう後悔は、心にどんどん降り積もっていく。というか既にそうなっている。時折自分のしてきたことを思い出しては、何だか善行っぽいことをしたくなってしまうのだ。


 人はそれを、エゴを呼ぶ。


「……そっか、そういう考え方もあるんだ」


 ……にも関わらず。それでも彼女は俺の言葉を聞いて、顔を上げてくれた。


 顔を見るに、まだ”怖れ”は完全には抜けていないのかもしれない。だが、この先に進む覚悟のようなものが、その瞳には見えた。



~~~~



「私は…… 六町琴葉ですっ!!」


 一度は覚悟を決めたとはいえ、やっぱり本番になると怖くなるというのはよくあることだろう。よく見るとその手は、かすかに震えている。


 一方で肝心の真鶴はというと……。


「こ、琴葉ちゃん……? これが……?」


 混乱しているように見えた。真鶴は六町にゆっくりと近づいていく。


「こんなの……こんなの……」


 六町の顔にはかなりの不安が浮かんで見える。真鶴は一歩一歩にじり寄り……そして、遂にその思いの丈を言い放った……!




「チョーーーかわいくないっ!? えっどうしたどうした!? 何が!! あったッ!?」


 ……。


 ……大変好評のようだった。


 ……は? 心配して損したんだけど……。どーしてくれんの、この空気……。


「しかしやーーっぱり私の見込み通りっ!! 素材はよかったんだな~~!!」

「ひ、ひほみっ!?」

「いっつも地味な格好してるじゃん?? 髪も肌もめちゃ綺麗なのにもったいね~~ってずっと思ってて!! すご~~~!!」

「ふ、ふっと!?」


 真鶴は六町の顔を両手でがっしりと掴み、興奮気味にその頬を揉みしだいた。六町は多分、『見込み!?』『ずっと!?』と言いたかったのだと思う。


 ……にしても目聡めざといいな、真鶴って。これは陽キャの器。


 正体当てるのにヒントを必要とした俺なんかより、よっぽどの目利きっぷりだ。最初から心配なんていらなかったな~。


 六町も最初は困惑していたが、徐々に安堵の表情を浮かべていた。


「……ていうかアレ、もしかして昨日見た子じゃね?」「だよな!? デカい声で男を呼び止めてたよな? !」「リア充フ〇ーーーーーーーーッック!!」


 そして予想通り、六町の目撃証言は容易く出てきた。


 犯人候補の4人。六町は以上の通り不在証明があり、またその場に居合わせた俺も自動的に候補から外される。真鶴も下校ギリギリまで実行委員にいただろうから、やっぱり不可能。


 と、なれば……。


「なん……だと……」

「まぁ、そういうわけだ」


 三門は半ば放心状態、といった感じであった。


「……これで十分だろ、流石に」


 それ以上、反論が返ってくることはなかった。



~~~~



 俺の話も一区切りした。三門は鞄からノートパソコンを出し、俺の言葉を認めた。全てを聞き終えた川口先生はむっとした表情で腕を組み、三門の前に立って……。


「で、なんでパソコンを盗むなんてことしたの?」

「ぐッ、そ、それは……やむにやまれぬ……」

「多分……三門も盗むつもりでやったんじゃないと思いますよ」

「ふ、二駄木宗一……?」


 おそらく三門はプライドがクソデカい人間だ。俺から言ったほうが早そうな気がした。


「盗み目的だったなら、まず今日の放課後に使用履歴が残されてる時点でおかしいんですよ。盗むだけなら起動する必要なんてないですよね?」

「言われてみれば……確かに」

「なんならトリックさえ必要なかったはず。昨日の最終下校になる前にさっさと盗んでしまえばよかった。……多分三門は盗みたかったんじゃなくて、パソコンを使いたかったんですよ」

「あれ、じゃあもしかして……さっき履歴のコト聞いてた時点で、盗み目的じゃないってところまで気付いてたの!?」


 六町が入ってきた。確かに、よくよく考えればそこを不思議に思うのも当然か……。


「真鶴が三門に言ってただろ?」


・・・

『っていうかまだそれ上がってなかったんだ!? 遅くない……?』

『ぐはぁッ!!』

・・・


「あれを聞いて、三門はまだ『パソコンでやっていた作業』が終わってないんだろうなって思ったんだ。そんで次の日もやろうと思った矢先、先生が体調不良で早退。しかも鍵まで持ち帰られてしまった。だから仕掛けを作って教室の鍵を開けて、こっそり作業を進めようとした。だが……」


 今日の放課後、俺はたしか川口先生と真鶴が話しているのに出くわした。場所は……ちょうどここ、パソコン室前だったはずだ。


「……パソコン室にいた三門が壁越しに聞いたのは、体調不良で休んでいるはずの川口先生の声。焦ったろうな。三門はパソコン室を脱出、その時にパソコンを持ち出してしまった……こんなとこだろうな」

「ふ、二駄木宗一ぃ……!!」


 さっきまでの物言いは何だったのか……ってくらい尊敬の眼差しを感じる。おいやめろやめろ! 気持ち悪いな!


「うーん……なるほどね。確かに今回の三門くんの行動には問題があったけど、元はと言えば私が間違って鍵を持ち帰っちゃったのが原因でもある……今回は注意で済ませることとします。でもっ!!」


 川口先生は指をビシッと突きつけた。


「私が来て、パソコン持ち逃げってことはなかったんじゃないかなぁっ!? おかげでこんな大事になって!!」

「そ、それは……勝手にパソコン室に忍び込んだなど、まして作った体育祭プログラムのデータを誤って消してしまったなどとバレてしまっては……僕のイメージに傷がついてしまうでしょうッ!!」

「は、はぁ!?」


 あ、アホくせぇ~~~……。未だに作業が終わってなかったって、そういうことだったのかよ……。


 とにかくまぁ、一件落着……なのか? コレ。犯人は分かったとはいえ、なんか釈然としねぇなぁ……。

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