#07 変身

 扉を開ける。瞬間、視線が俺のもとに集まる。


「おや? 眼鏡の彼女はどうしたんだい?」

「準備中だ。六町を待っている間に話を進めさせてもらう」


 俺は教室の中を進み、三門の正面に立った。真相はもうほとんど掴めているはず。あとは、証明するだけ。


「川口先生。さっきお願いしてたの、どうでした?」

「え、えぇ。でもこれって……」


 先生は困惑しながらそれを口にした。


「昨日の最終下校から現在時刻まで調べたんだけど……今日の15時6分に、この部屋でパソコンが使われたという記録が残っていたわ。しかもその番号は無くなったパソコンのものよ」


 ……予想が当たった。


 6時間目の授業が終わるのが15時頃。そして件のパソコンは15時6分に一度起動されていた……。


「……つまり今回消えたパソコンは、今日の放課後の時点では”まだここにあった”ってことだ。三門、『昨日のうちに六町が盗んだ』というお前の主張は間違っている」

「ぐぅっ……!」


 とりあえず一発。しかし、流石にまだこれだけでは終われない。それは向こうも同じだろう。


「……っていうかさ! ちょっと待って? パソコン室も準備室も、昨日の最終下校で先生たちが鍵を閉めたはずだよね? で、鍵は川口先生が持ち帰ってたんでしょ?」

「スペアは存在しないし、あとマスターキーも今日は使われてないらしいわ。なのに、15時6分にはまだあったはずのパソコンが突然なくなるなんて……」


 今日の放課後、俺が訪れたときも鍵はしっかり閉まっていた。ついでに言うと窓も全部。つまり……。


「つまり、この教室は『密室』だったということではないかッ!!」


 三門が声を上げた。


「……しかし、事実パソコンは消失している。これをどう説明するつもりかな? すだち大盛りッ!」

「だから二駄木宗一ふだぎそういちな。徳島原産の香酸柑橘をたくさん注文するノリで人を呼ぶのやめろ。……でもまぁ、普通に鍵を開けて侵入したんじゃねえかな」

「まさかソレを説明できるとでも?」

「多分」


 俺はまず扉の前へ移動し、鍵の部分を指でさした。


「まず、この鍵のツマミにはガムテープが貼りついている。テープは乱暴に剥がされたような状態だ。そしてもう一つ、重要なのが……扇風機」


 もちろん、準備室にあったアレだ。


「あの扇風機には大量のヒモが巻き付いていた。結論から言えば、かなり古典的な物理トリック。ツマミに取り付けたヒモを扇風機の力で引っ張ることで、鍵を開けたんだ」


 ツマミから、先生のデスクの足を経由して、扇風機の回転部までヒモを渡す……大体こんな感じだろうか。


 この状態で扇風機を起動してやれば、羽の回転によってヒモが巻き取られ、その張力によってツマミが下がる。つまり鍵が開く。


「あとはこれを”部屋の外”から実行できればいいワケだ。そのために犯人は、扇風機のリモコンを使ったんだろう」


 あの扇風機にはもう一つ不審な点があった。そう、昨日まであったはずのリモコンがなくなっていた……というアレだ。


「今言った仕掛けを作ったうえで、リモコンを持って自分は教室を去る。そして今日の放課後、ドアの窓越しにリモコンを使って扇風機を起動。犯人は多分こんな感じで鍵を開けて、パソコン室に侵入したんだ」


 こう考えると、犯人が仕掛けを準備したのは昨日……それも最終下校で鍵を閉められるより前、ということになるな。


「……あれっ。鍵を開ける方法は分かったけどさ、でも二駄木くんが来たときには今度は閉まってたんだよね? ソレはどうやったのかな……」

「鍵を開けることができるなら、応用次第で鍵を閉めることもできたはずだ」


 俺はスマホを取り出し、写真アプリを開いた。


「俺があの天井に取り付けられたスクリーンを調べると、ホコリが大量に積もっていた」


 俺は、先ほど周囲の視線に耐えつつ撮ったあの写真を見せた。スクリーンに積もったホコリには一筋、全くホコリの付いていない”線”ができているのがわかる。


「鍵を開けるためにはツマミを下げるが、一方で閉めるためにはツマミを上げる必要がある。つってもそんな難しい話じゃない。取り付けたヒモを上から引っ張るか、下から引っ張るか、それだけの違いだ」

「あ! もしかしてそのホコリのない線って……」

「そう。犯人はパソコンを持ち去るときに、今度はスクリーンの上を経由するようにヒモを渡したんだ」


<トリック図解【https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/MhpLCH17】>


「……あの線はヒモによってホコリが除去されてできた線なんだろう。これが、部屋の外から鍵の開け閉めを可能にしたトリックだ」

「ククク……甘いねぇ」


 そこまで俺が話すと、何者かが口を挟んできた。何者っていうか……声の主はやはり、三門だった。


 三門はまたしても前髪をファサ…と払い、反論してきた。


「よく見たまえ、あの扇風機は準備室にあったじゃないか! ドアの窓越しにリモコンを……と、君は言ったけれどね。あの位置にある扇風機を動かすのは角度的に無理がある。君の言っていることは妄言に過ぎないのだよっ!」

「残念だけど……私もそう思うわ。あの扇風機のリモコンは赤外線式だから、透明な窓ならともかく壁は通り抜けられない。そのうえ準備室側には一切窓がないし……」


 川口先生も、俺の考えに対して否定的であるようだった。


 ……当然、こうなるだろうなとは思っていた。


「まぁ確かに。パソコン室のドアの窓からじゃあ、準備室の扇風機に赤外線リモコンは届かないだろうな……」

「ほーら僕の言った通り! やっぱりそんなトリックは不可能だったのさ!」

「……”直線的には”、だが」

「……」


 三門はたちまち勝ち誇ったかのような顔をしたかと思えば、次の瞬間には真顔になっていた。今のはちょっと面白かったな。


「確かに、直線的には無理だったろう。だが……、話は変わってくる」

「は、反射??」

「赤外線リモコンって、鏡で反射させて使えるんだよ。工夫次第では本来届かない位置の機器も操作ができるようになったりな」


 最初はなんなんだろうって思ってた、あの『鏡』。


 六町が疑われる原因となった、『あの』鏡。


「窓際に残されていた六町の鏡……犯人はアレを使って、赤外線を反射させたんだ」


 六町が鏡を忘れたこと自体は偶然だったのだろう。しかし、それを悪用しようとして拾った者がいた。いくら探してもそりゃあ見つからないはずだ。


「なるほどね……で、これがもし正しいとするなら。やっぱり気になるのは……”誰が”やったか、よね?」

「何ですって!? 先生はこんな妄言を信じるというのですかッ!?」

「あくまでイチ可能性として、というだけです」


 先生はとりあえず納得してくれたらしい。有難いな。


 それにしても、”誰が”やったか……か。それは即ち、事件の核心に等しい事柄だ。


「まず犯人は、”昨日の時点で川口先生の体調不良を知っていた人物”である可能性が高い」

「えっ、なんで?」

「それは、この実行が放課後だったからだ。……逆に、犯人が先生の体調不良のことを知らなかったと仮定しよう。放課後に実行するかと思うか?」

「……しないでしょうね。こんな仕掛け、放課後になる頃には撤去されると考えるのが普通だもの。実行するなら早朝とかの方が絶対確実よね」


 その通り。


 故に犯人は、放課後になっても仕掛けが撤去されないだろうという判断ができた人物……すなわち先生の体調不良を知っていた人物である可能性が高いのだ。


「俺の知ってる限りでは……まず三門。そして三門から体調不良のことを聞いた俺、真鶴、六町だな。三門、このことを話した人間は他にいるか?」

「……いや、いないね」


 遂にここまで来た。


 犯人がいるとすれば、おそらくこの4人の中の誰か。そして目星はとっくのとうにつけている。


 俺はその名を口にした。


「パソコンを持ち去った人物。俺は…………三門だと思う」


 三門は一番最後までパソコン室に残っていた。仕掛けを作るのにこれ以上都合のいい条件はない。


 『最終下校の予鈴が鳴る頃にパソコン室を一度離れた』というのも、おそらくヒモやガムテープといった材料を調達しに行っていたのだ。


 俺の言葉をずっと黙って聞いていた三門は、ゆっくりと顔を上げた。その顔には……ふてぶてしい笑みを浮かべていた。


「……フフフ、ふははははは!! 中々面白い物語だったよ!! いっそ小説家でも目指してみたらどうかなッ!?」


 今時そんなベタな台詞ある?? いや目指さないが。だって理系志望だし……。


「で、何が言いたいんだ?」

「決まっているさ。君は最初、一度は僕の主張を否定することで六町琴葉が容疑から外されたかのように見せかけた。だが気づいているかい? 君の語ったその方法は、彼女にだって可能なのさ!! 」


 ……そう、その通り。この方法は理屈としては六町にも可能なのである。


 『六町は三門がパソコン室を離れている間に仕掛けを作った』

 『三門は部屋に戻ってきても仕掛けの存在に偶然気づけなかった』

 ……という主張は、一応まかり通る。


「それとも、僕がパソコン室を離れていた間の六町琴葉のアリバイを証明できるとでも? まぁ無理だろうね! なにせ彼女自身にさえできなかったのだからっ!」

「……そろそろいけるか」


 時計を確認する。パソコン室に戻ってから今までずっと、俺は時間を稼ぐことを常に意識していた。そろそろ扉の向こうに”彼女”がいるかどうか、確認しようとしたその瞬間……。


 ……扉が開いた。そこには見覚えのある女子生徒がいた。


 肩の下あたりまで伸びる美しい黒髪、頭には白いリボン、赤い瞳。


 青井颯、もとい『放課後の令嬢』の姿が、そこにあった。


「ん? 誰かな? しかし、中々に美しい……。もしかして僕に用があってきたのかい? すまないが今は取り込み中で……」

「わ……私……」


 三門の言葉を遮り、勇気を振り絞って彼女は言葉を放った。


「私は……六町琴葉ですっ!!」

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