#06 パソコン盗難事件

 翌日の放課後。


 6時間目まで授業が終わり、放課後のチャイムが鳴る。


 これから部活……なおかつ今日は俺が部室の鍵を取ってくる番だった。鍵を取りに職員室へと向かおうとしたのだが……。


「あっ、二駄木くん!」


 場所はちょうどパソコン室前。声をかけてきたのは真鶴だった。そして、その場にはもう一人……。


「ってあれ、川口先生? 今日は体調不良で休みのはずじゃあ……」


 川口幸子かわぐちさちこ先生。まだ20代半ば、若い女性の教師で情報科を担当している。


 昨日三門から聞いたとおり、今日の情報の授業は先生の欠席で自習だった。おかげで課題ははかどったが……なら、ここに先生がいるのは何故か?


「ああ、それね。確かに昨日は早退したけど、今朝あたりから割と良くなってきたのよ。本当は今日一日休む予定だったんだけどね……ただ」


 川口先生はポケットから何かを取り出した。これは……鍵だ。


「パソコン室の鍵、間違えて持って帰っちゃったの。他にも忘れ物が色々あって、さいわい家からそう遠くもないから返しに来たのよ」

「病み上がりなのに~……お疲れ様ですっ!」

「ふふっ、ありがとう」


 真鶴は先生に敬礼した。話もそこそこに先生は、出勤を記録するべく職員室へと向かった。


「そういや二駄木くんはどーしたの?」

「ちょっと部室の鍵を取りにな、職員室に行く途中だったんだよ」

「私は今日も社会科室で準備かな~。それじゃ部活、頑張ってね! 何部か知らないけど!」


 そう言うと真鶴はこの場を去っていった。俺も、再び職員室へと向かう。


 鍵のボックスは他の部活で混み合っており、順番が回ってくるのには意外と時間がかかった。やっとのことで鍵を取り、部室に戻ろうと思った……そのとき。


「う、ウソっ!?」


 甲高い女性の声だった。


 聞こえたのはすぐ向こう、パソコン室の中からだ。俺はパソコン室に向かってみた。というか、今の声って……。


「……あれ、開かねぇ」


 軽く扉をガチャガチャとしてみるが、鍵がかかっているようだ。


 ガチャガチャ音を聞きつけてか、部屋の中から足音が近づいてくる。内側から鍵が開けられた。


「あっ君は……ってそれよりも!」

「えっと、何があったんです?」


 扉が開くと……そこにいたのは川口先生だった。さきほどとはまるで様子が違い、慌てているように見える。


 川口先生は目を左右に泳がせ、そして俺の問いに答えた。


「パソコンが……なくなったの」



~~~~



 場所はパソコン室。


 なくなったのは、授業で使う生徒用のノートパソコン。40台以上あるうちの1台が現在見つからずにいる。


「失礼しま~……ってあれ、どういう状況……?」


 声の主は真鶴。六町も一緒にいる。おそらくは、昨日先生がいなくてできなかった体育祭準備の用だろうか。パソコン室の中を見渡しては不思議そうな顔をしている。


「……ノートパソコンが1台消えたんだよ」


 俺は真鶴に声をかけた。


「あ、二駄木くん。というか、パソコンが? なんだか大変そうだね……」

「ならさっ。二駄木くんはソレ、今何してるの?」

「なくなったパソコンを探してるんだよ。川口先生の頼みでな」


 そう話しつつも、俺はデスクの引き出しの中を調べるなどしていた。


 この騒ぎを聞きつけて、あれから数人の生徒がこの部屋にやってきた。その生徒たちも同様、現在パソコン室では数人の生徒らによるノートパソコンの捜索が行われているのであった。


 しかし……『なくなった』ねぇ。


「本当にそれでいいのか……?」


 俺は真鶴たちがちょうど立っている扉、その鍵の部分に顔を近づけた。


「……どーしたの二駄木くん? そんなトコをまじまじと~」

「この鍵のツマミ、ガムテープがついてるな」


 扉は学校によくある感じの引き戸で、中央のツマミをガチャッと上げることで鍵がかかるタイプだ。


 ただ不審だったのは……そのツマミ部分にはガムテープの切れ端が貼りついていた。切れ端の片側はツマミに貼り付いたままで、もう片側は乱暴に剥がされたかのように反り返っている。


「ところで……あの、川口先生」

「……あっ、私?」


 俺の言葉を聞き、川口先生はこちらに振り向いた。今回の第一発見者である先生に対して、俺が聞きたかったのは……。


「最初に俺が来たときですけど、なんでココの鍵を掛けてたんですか?」


 そう、あのとき何故鍵が掛かっていたのか。そこが疑問だった。


「ああ、そのことね。私、忘れ物を取るために準備室の方から入ったのよ。パソコン室の鍵は準備室の鍵も兼ねてるから、それで開けたわ」


 準備室……昨日俺が荷物を置いた場所だな。先生はまず、廊下から準備室に入ったと。


「となると、パソコン室には準備室側から直接入った……ってことですか」

「そう。鍵は昨日の最終下校のときに当番の先生が施錠したんでしょうね。だから鍵が掛かってたのよ」


 先生はパソコン室側の鍵にはノータッチだった。だから俺が来たときも鍵が掛かったままだったんだな。


 俺は一言感謝を述べて、先生のもとを離れた。となると気になるのは……件の準備室の方か。


 ホワイトボードの左隣にある扉。隣の準備室へはここから直接繋がっているのだが……。


「……あれ。扇風機、昨日はこんな場所にあったっけ?」


 俺の後をついてきた真鶴と六町もこちらにやってきた。


 六町の言う通り、扇風機の位置が昨日見たときとは違っている。コードを目いっぱい引っ張って、扉のすぐ近くに置かれている。より言うと……まるでパソコン室へ繋がる扉が閉まらないよう、押さえているかのような置かれ方だった。


「なんだか恣意的な言葉選びだね?」

「心読みました??」


 急にモノローグに介入するなよ怖いな。


「それにしてもさ、この扇風機~……よく見たらすごいことになってない!?」

「ほんとだね。すごいヒモの量……」


 そう、この扇風機には他にも不審な点がある。


 扇風機の回転する羽に大量のヒモが巻き付いているのだ。絡まってしまっており、手でほどこうとするのは無謀と言えよう。


 それから、もう一点。


「それに……リモコンもないね。昨日からそうだったっけ?」

「……いや、昨日はまだあったはずだ」


 扇風機のリモコンがなくなっていた。


 もし俺のこの記憶が正しいとするなら……リモコンが消えたのは『昨日俺たちが来たとき』から『現在』までの間ってことになる。


 六町は扇風機に近づくと、カバーを取り外してヒモをほどこうとした。が……やはり難しいようだ。


「……二駄木くん、ハサミとかって持ってないかな?」

「ん? ああ、あるぞ」


 別に深い理由はないのだが、鞄の持て余したポケットにはハサミを入れてある。ずっと入れっぱなしにしていると言った方が正確なのかもしれない。


 ハサミが入っている鞄はパソコン室の方に置いてある。俺は鞄を取りに準備室を離れた。……が、その前に気になることがあった。


「先生。ちょっとこのデスクの上、乗ってもいいですか」

「え? まぁ……かまわないけれど」


 俺は一言断ると上履きを脱ぎ、先生のデスクの上に立った。突然の奇行でその場の注目を独り占め! なんか嫌だなコレ……。


 デスクの上に立つと、ちょうど目の前にはスクリーンがあった。昨日真鶴が荷物を置こうとしたときに邪魔くさそうにしてたアレだ。今は巻かれて棒状だが。


「……やっぱり、そういうことだったか」


 スクリーンは中々掃除されない場所なのだろう。上にはホコリがたっぷり積もっている……のだが、そんな中に一筋、ホコリの全くない”線”ができていた。


 写真を1枚だけ撮り、そそくさとデスクから降りる。視線がいちぃ……。上履きを履きなおし、俺は改めてハサミを取りに行こうとしたが……ちょうどその時。


「そういえば……コレ。私が来たときに見つけたんだけど、心当たりのある人はいるかしら?」


 川口先生が何かをふところから取り出した。


「あのっ! それ……私のですっ!」


 六町の声が聞こえてきた。川口先生が手に持っていたのは……鏡だった。昨日から六町が探していたという鏡、まさかこんなところで見つかるとは。


<パソコン室・見取図【https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/NnLEKDnf】>


「これ……どこに!?」

「どこって、あそこの窓際に乗ってたわよ? 準備室への扉のすぐ近く。返すわね」

「ありがとうございます。でもなんで……昨日たしかに、パソコン室も探したはずなのに」


 六町は不思議そうに鏡を見つめていた。まぁ、戻ってきたのは何よりである。何よりなのだが……これがパソコン室で見つかった理由というのは……。


「……ほう、なるほどね。つまり君は『その鏡は自分のものだ』と、そう認めるんだね?」


 そのとき突然、話に割って入って来る者がいた。……それは、昨日も聞いた声だった。


「三門くん……あれ、さっきまでいたっけ?」

「私が呼んだのよ。三門くんは、私が知る限り昨日一番遅くまでここに残って作業をしていたから。一応……話を聞く必要があると思って」


 なお、この場の生徒らの反応はというと……「うわ出たよ」「ムカつくわぁ」「超イラつくぜェ~~~ッ!!!」……確かに、三門という人物は俺が思っていた以上に知れ渡っているらしい。悪名が。


 しかしなるほど、三門が突如現れた理由は分かった。だが気になるのは……アイツの放った言葉、その”含み”。


「しかし、その鏡が君のものだというのなら、今回の一件の犯人として君はかなり怪しくなってくるね……」


 三門は不敵に笑いながら言う。


「このパソコン紛失事件、いや……盗難事件と言うべきだろうか。……君こそがッ! その犯人なのだろうっ!?」


 あろうことか、それは告発だった。


「先生が言った通り、僕は昨日この部屋に一番遅くまでいたんだよ。体育祭当日に配布するプログラムを作っていてね」

「じゃあ一番怪しいの三門くんじゃん! っていうかまだそれ上がってなかったんだ!? 遅くない……?」

「ぐはぁッ!!」


 真鶴さん容赦ないっすね……。三門は切れ味鋭めな言葉に仰け反った。それから再び口を開く。


「ま、まぁいいだろう……。しかし重要なのはここからだよ。僕は最終下校ギリギリまでここにいたんだが、その間にのさ」


 ……なるほどな。なんとなく、三門の言いたいことが読めた気がする。


「ここを離れたのは、最終下校の予鈴が鳴っていた頃。つまりちょうど17時40分だね。離れていたのは5分程度だったかな。それまで教室にいたのは僕だけ……つまり、僕が離れている間ここはもぬけの殻だったってワケさ」

「で、でも琴葉ちゃんやったなんて! そんな証拠……っ」

「その鏡こそが証拠さっ! 」


 三門は勢いよく、六町の持つ鏡を指さした。


「その鏡は盗んだパソコンをしまうときに、鞄から一旦出したのを置き忘れたんだろう……違うかな?」

「そ、そんな……私は……」

「なら、その時間のアリバイを示すことはできるかい?」

「っ……!」


 ……六町はひるんで言葉を返せないでいる。


「ま、待ってよ! 琴葉ちゃんは昨日、その鐘が鳴り始めるよりも前に鏡をなくしてたんだから! 三門くんが言ってるのはただの言いがかりで……」

「その証拠はあるのかい? 証拠もない、しかも身内による擁護なんて。とてもじゃないが信用できないねぇ」


「本当にあの子がやったのかな……?」「ムカつく奴だけど……言ってることはもっともらしい気がする……」


 場は完全に三門のペースだ。真鶴を除く、この場の人間のほとんどが六町を怪しんでいるように見える。


「……これでもまだ、君は自分の潔白を証明できるとでも?」

「そ、それは……」

「できるかもしれない」


 ……一瞬の静寂が場を包んだ。六町も、三門も、唖然としているようだった。




 言った俺自身でさえ、意外だった。


「君はたしか……フライソーセージ、だったかな?」

二駄木宗一ふだぎそういちな。バッター液に浸してパン粉まぶした腸詰めの揚げ物みたいに人を呼ぶのやめろ。間違ってもそうはならねぇだろ……」

「まぁ細かいことさ。……それで、君は彼女の潔白を証明できると、そう言うんだね?」


 三門は余裕ありげに笑うが、今は聞き流す。


 六町はきっと犯人ではない。ただ……それを証明するには少し、時間と情報が足りてない。


「川口先生。生徒用のパソコンってたしか使用を常に監視されてるんですよね? 履歴って見られたりします?」

「えぇ、見られるけど……」

「それじゃ、昨日の最終下校から現在までの履歴を確認してもらえませんか。俺は少し六町に聞きたいことがあるので、ちょっと時間下さい」


 俺は入口の扉を開け、六町に向かって手招きする。やってきた彼女を先に外へ出し、続いて俺も教室から出る。


 彼女は多くの疑惑の視線を背に受け、とても不安げな面持ちだった。

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