#05 放課後の令嬢
俺たちは社会科室を後にし、パソコン室へと向かった。さっきは荷物を両手に階段を上ったかと思えば、今度は降りていく。パソコン室へと辿り着くのにはさほどかからなかった。
扉は閉まっており、しかも今は両手がふさがっている。仕方なく、俺は足で戸を開けるというお行儀の悪い手段へと及んだ。
パソコン室は他の教室とは雰囲気が一風異なる部屋だ。床は木でなくカーペットだし、黒板の代わりに取り付けられているのはホワイトボード。そしてズラッと並ぶノートパソコンの群。
中に入ると、そこには一人の男子生徒がいるのみだった。
「あれっ、川口先生いない……先生がいないんじゃ意味ないよ~」
「フッ……ご生憎、先生は先ほど体調不良で早退されてしまったよ」
奥から男子生徒が近づいてきた。顔はおそらくイケメンと言っていい部類。
ちなみに『川口』とは情報科の先生の名だ。しかし……まだ一言しか口を開いていないが、なんとなく感じる。コイツ……。
「しかして真鶴さん、今日はどんなご要件かな? まさか……僕に会いに来たのかい?」
「いやだから先生に用があって来たんだけど……」
コイツ……アホだ……。やっぱりそんな気がしたんだよな~~~。
「んんッ、ところで今日は他にもオトモがいるんだねぇ。陰気な男に、なんとも地味な眼鏡女子。まあいい、名乗りたまえ」
「どっから目線だよ……はぁ。二駄木宗一、2年B組だ」
「わ、私も……同じB組で。り、六町琴葉です……」
六町はこのキザったらしい男を警戒しているように見えた。ちょっと男子~。
「で、そっちは?」
「おっと、まさかこの僕を知らないとはっ! まったく驚かされたものだよ」
いや『皆さんご存じ』みたいなノリで来られたところで、知らないもんは知らないが。
「フン……僕は
前髪をファサ…と手で払いながら、目の前の男子は100パーセントのキメ顔でそう言った。
三門怜治。そう名乗る彼は、見たところパソコン室でひとり作業をしているようであった。他に作業をする生徒もおらず、またこの部屋を管理する川口先生は体調不良で早退……か。
三門の言葉を一通り聞いてから、真鶴は改めてパソコン室の中を見回した。
「っていうか、三門くん以外はいないの? もしかしてまだここでの作業が終わってないのって三門くんだけ?」
「ぐはぁッ!!」
真鶴さん容赦ないっすね……。
「ま、まぁいいだろう……。とにかく、今は一人で集中したいんだ。先生も早退してしまったし、今日のところは諦めるんだね」
「む~、仕方ないかぁ」
真鶴はそう言うと、持ってきた荷物を置こうと教室の隅に近づいた。
(パソコン室、俯瞰図【 https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/3tZX68IG 】)
俺たちが入ってきたのは教卓に近い側の扉だが、その傍には大きなスクリーンが垂れており、真鶴も邪魔くさそうにしている。
「えっと……これは確か……」
見かねた六町は壁のスイッチを押した。瞬間、スクリーンが見る見るうちに巻き取られていく。やがて巻かれて棒状になったスクリーンは、天井近くで静止した。
「琴葉ちゃんサンキュ! あ~それと。琴葉ちゃんと二駄木くんのヤツはここじゃなくて、準備室に置いたほうがいいかも」
そう言って、ホワイトボードの向こうにある扉を指さす真鶴。俺と六町はそちらの方へ向かった。
ここパソコン室の隣には、情報科準備室という部屋が存在する。そして、これら2つの部屋は内部で繋がっている。……今さっき真鶴が指した『扉』とは、この境の扉のことである。
扉をくぐって準備室へ。こっちはかなり狭い……普段は川口先生しか使うことのない部屋だしな。さらに部屋の中には扇風機があり、ただでさえ狭いスペースを圧迫している。
パソコン室とは違って、部屋にも扉にも一切窓がないという点も閉塞感に拍車をかける。俺はこの狭い感じも割と嫌いじゃないが。
「う~ん、この辺でいいか?」
「そうだね。じゃあ私はその上に乗せて……ひゃっ! ご、ごめん!」
「いや、謝るほどのことじゃないと思うが……」
荷物を置こうとするはずみで、距離を詰めてきた六町。とは言っても、ぶつかったワケでもなし。ほんとに謝るほどのことではない。
とりあえず荷物の件はこれでよし、と。それから……。
「さっき言ってた探し物、見つかりそうか?」
「ううん。さっきパソコン室の中も一通り見てみたんだけど、ここにはないみたい……」
六町は俯いた。彼女が探しているという鏡、そんなに大事なモノだったのだろうか。
俺たちは準備室を出て、真鶴に報告した。
「で、まだ何かあるのか」
「ううん、これで今日のところはおしまい。ほんとにありがとう、二駄木くん!」
「二駄木くんは……もう帰っちゃうの?」
「ん、そうだな」
「……そっか。あの……じゃあ私っ、他の場所探してくるから!」
そう言って六町は足早にその場を離れてしまった。
「そういや……」
なんとなく、さっきから気になってることがあった。
「……真鶴と六町って仲いいのか?」
「仲がいいというか……去年から同じクラスなの、私と琴葉ちゃんだけなんだよね。あとは入学して最初の席でも隣同士だったっけ?」
「俺に聞くなよ……」
「あはは、ほんと奇遇だよね~!」
片や快活な体育祭実行委員、片や地味なクラス委員……なるほどな。そういう繋がりだったか。
「正直、お互いあんま関わりがありそうには見えなかったんだよ」
「あ~っ、ソレ完全に見た目だけで判断してたでしょ! ああ見えて琴葉ちゃん、めちゃイイ子なのに!」
「イイ子とは……」
なんだか言い方がアヤしいぞ。
「まず素材がいい! 私がちょちょっと魔改造してやればかなりの美少女が爆誕すると思うんだよね~!」
「はぁ」
「えっと、あとは~……運もいい!」
「運もいい」
イイ子とは……?
「それから……」
「もういい、分かった、分かったから……俺もそろそろ帰るわ」
「そっか。今日は色々手伝ってくれてありがと!」
真鶴は笑顔で大きく手を振って、別れを告げた。俺もそれに返すように、手を振る。
こうして俺はパソコン室を後にし、今度こそ下駄箱へと向かうのであった。
~~~~
下駄箱で靴を履き替え、玄関から外へ。外に出ると、もう夕日が眩しい時間なんだなと実感する。
腕時計を確認。時刻は17時40分……あ、ちょうど鳴り出した。最終下校を促す予鈴だ。俺は予鈴が鳴く中で独り歩いていたのだが……。
「二駄木くんッ!」
……そのとき突然、背後から名前を呼ばれた。俺は立ち止まり、振り返った。そこにいたのは……。
「ご、ごめんねっ! 訳あって、来れなくてっ!」
「……」
青井颯。またの名を『放課後の令嬢』。
彼女は息を切らしながら、俺を呼び止めた。部活に励んでいる生徒たちを中心に、その大声はそれなりに人目を集めている。
別にちゃんとした約束ってわけでもなかったはずだが、青井は謝りに来たようだった。律儀だな、とも思う一方で、しかし俺の頭の大部分は一つの疑問で占められていた。
「……お前は一体、何者なんだ?」
それを聞いた青井は焦った様子だった。何かを隠している、という自覚はあるらしい。しかし、いくら待っても質問の答えは返ってこない。
「って、そんな簡単には答えられないわな」
「……ごめんなさい」
青井は目を伏せてそう返した。
「別に怒っちゃいねぇよ。ま、俺もそこまでして詮索したいわけじゃないし。……じゃあな」
「あっ……」
俺は再び駅の方へと歩き出した。
背後からはもう、いかなる言葉も聞こえてくることはなかった。
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