第二話 放課後の令嬢

#04 ミラージュ

 それから二日後。


 放課後の校内の様子は、日に日に少しずつ騒がしくなってきている。


 理由は体育祭だ。開かれるのは来月、5月のアタマ。準備は数日前から始まっていたらしいが、どんどんそのための作業をする生徒が目につくようになってきた。もっとも、俺は実行委員ではないから知らんぷりなのだが。


 しかしそんなことはよそに、俺は全く別のことについて考えていた。


 ……青井颯なる女子生徒は存在しない。それはクラス分け表が示している事実だ。


・・・

『じゃあ、明後日行ってもいい!?』

・・・


 そんな言葉を思い出した。


 今日は部活も課題もない。学校に残る用こそなかったものの、一応俺は放課後の教室にひとり残ってみた。


 ……しかし、青井は来なかった。


 時刻は17時頃。


 幸いまだ読みかけのミステリ小説があって、待つのに困りはしなかった。……が、気づけばもう2時間も経過しているらしい。そう思うと、なんだか我ながらバカバカしくなってきた。


 結局、俺は教室を後にすることにした。


 青井颯とは、いったい何だったのだろう。或いは俺の幻覚か、それとも彼女は……。



~~~~



 玄関を目指して階段へ近寄ると、下の階からゆっくりと階段を上ってくる女子生徒が見えた。両手には荷物を抱えており、更にその上にもまた荷物が積み重なっている。


「あ、そこに誰かいます? あの~その辺に荷物が落ちてると思うんですけど、できれば拾って載せてもらえませんか~?」


 周辺を見渡すと、確かに一つの段ボール箱が落ちていた。俺はそれを拾うと女子の方へ近付いた。よく見ると、なんとなく見覚えのある横顔だった。


「真鶴、だよな? 同じB組の」


 真鶴千夏まなづるちなつ。俺と同じ2年B組で、うちの体育祭実行委員だ。快活な印象の女子で、髪を纏め上げてポニーテールにしている点もそこに拍車をかけている。


「えっ? あ~、二駄木くん……で合ってるかなっ?」

「あぁ」

「よかった……よかったじゃないって! ごめんっ、うろ覚えで!」

「ま、仕方ないだろ。まだ新しいクラスになったばっかだしな」


 それに、俺はあまり目立ってるほうじゃないし……。


 真鶴は荷物の横からひょっこり顔を覗かせて、俺の方を見ていた。おそらくは体育祭の準備をしているのだろうが……。


「にしても、三段重ねは無理があるだろ……」

「いやいや、今度こそ大丈夫だから! ほらちょーだいっ!」

「そこまで言うなら……」


 俺は上に荷物を乗せてやった。階段をゆっくりと慎重に上っていく真鶴。……案の定、一番上の段ボール箱が今にも滑り落ちそうである。やはり危なっかしいな、と見かねて俺は上から2段分を取り上げた。


「あぁっ!」

「で、どこに運べばいいんだ?」

「うぅ……社会科室まで。お願いします~……」


 横に並んで階段を上る。下校時刻の18時にはまだ少し時間があり、校内外からは部活動に励む音が聞こえてくる。


「しかしまぁ、なんで一人でこんなに?」

「今日数学の補習に引っかかっちゃって、やっと解放されたんだ~。だからその分、頑張らなくちゃと思って! 」


 真鶴は意気込む。その熱意に満ちた表情が、なんだか眩しい。


「体育祭準備ってやっぱ最終下校ギリギリまでやってるのか?」

「大体ね。でもその10分前くらいから先生たちが教室を施錠し始めちゃうから、実際にはもうちょっと短いんだよ。もっとやりたいのにな~!」


 適当に話し込むうちに社会科室へと着いた。中に入ると、他にも体育祭実行委員と思わしき生徒らが各々作業をこなしていた。


「適当にその辺に置いてくれればオッケーだよ。ありがとう!」


 そう言われて、荷物を降ろす。一方真鶴はというと、教室に着くや否や、その場の人間に声を掛け始めた。


「おまたせ~……あっ! もしかしてフダ全部できたの?」

「うん。でもヒモがめっちゃ余っちゃってさ~、多めに買いすぎちゃったよね~」

「うわっ……確かに多すぎ……ど~しよ?」


 そんな風にやんややんやと話し合う実行委員たち。そんな中、真鶴は一人の女子生徒を見つけると意外そうな顔をした。


「あれっ、琴葉ちゃんまだ帰ってなかったの!?」

「うん。落とし物をしちゃったみたいで……。こことか色々、校舎を全部回ってるの」


 それは、またしても知っている顔だった。


「落とし物って?」

「それが……って、あれ?」


 真鶴と話すその女子が、突如俺の方を見つめてきた。


「……二駄木くん、だったよね。もしかして君も準備手伝ってくれてるの?」


 六町琴葉りくまちことは。こちらも同じく2年B組で、クラス委員を請け負っている。


 地味な一つ結び、長めのスカート丈、そして眼鏡っ子。刺さる人には刺さる感じの女子だろう。


 しかし真鶴が彼女に話しかけた理由とは何なのか。これは完全にビジュアルから来る偏見なのだが……正直あまり仲が良さそうな組み合わせには見えない。


「ああ、成り行きでな」

「ところでさ、さっき言ってた落とし物って?」

「うん。それが鏡をなくしちゃって困ってるの。たぶん体育祭準備の手伝いをする途中に……」


 六町は困り果てたようにため息をついた。


「琴葉ちゃんの鏡ってどんなだっけ?」

「ピンク色の……大きさは手のひら大くらいで、四角くて……あと、角度が自由に調節できるやつだよ」

「あ~言われてみれば、そんな感じだったよね」


 そこまで口にしたところで、真鶴はハッとして声を上げた。


「あっ……もしかして、私が補習だったせいで琴葉ちゃんの負担が……!?」

「真鶴さんのせいじゃないよ。手伝いと言っても、元よりクラス委員のやることをやってただけだし」

「うぅ……優しい~……」


 話も一区切りしたようである。手伝いも終わったし、今日のところはもう帰ろうかと思った。思ったのだが……そんな俺をよそに真鶴が、奥から別の荷物を引っ張ってきた。


「……あっ、私はこれをまた上に運ぶから。二駄木くんは先に帰っていいよ! ありがとねっ!」


 取り出してきた荷物の量はこれまた一人で運ぶには多い……というかむしろ増えているくらいだった。まさか、また一人でやるつもりか?


「……二駄木くん。申し訳ないんだけど、もうちょっとだけ手伝ってくれないかな?」

「え~、でも手伝ってもらったばっかりで!」


 真鶴はきまりの悪そうな顔をした。……またしても、俺は荷物を一部取り上げた。


「あぁっ!」

「で、次はどこだ?」

「うぅ……ぱ、パソコン室まで。またお願いします~……」

「……パソコン室」


 パソコン室と聞いて、六町が反応した。


「そういえば、準備の手伝いのときにパソコン室にも行ってたはず! 私もついて行っていい……かな?」


 六町は何故か俺の方を向いて問いかけた。


「別に好きにすればいいだろ」

「……ありがとう、二駄木くん」


 こうして俺たちは、社会科室を後にするのだった。

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