宵闇の怪物

愛空ゆづ

月が笑う

 ある日、私は友達と星を見るために夜の山を登った。山頂にある展望台から星を眺め、友達と普段できないような話もたくさんした。帰ろうとしたとき、空を見上げると綺麗な満月が私を見て笑っているように思えた。月に見惚れていた事に気付き周りを見ると友達に置いて行かれてしまった事に気付いた。そのうち戻って来てくれるのだと思っていても、明かりもない山道では何も見えず、怖くてどうしたらいいか分からなかった。スマホも足元を照らせるだけで光としてはほとんど役に立たない。仕方なく明かりを消して目を凝らすと、道から少し外れた場所に明かりが漏れている小さな小屋を見つけた。近づいてみても人の気配はなく、ノックをしても反応はない。

「すいませーん、誰かいますか?」

 戸を引いて中を見てみると、土間に机と椅子、見たことのない祭壇のようなものが置かれていた。その祭壇の燭台はロウソクが切れており、片側はロウソクの代わりに明るく光るランプが置かれていた。明かりを持っていない私はそのランプを少しの間、借りることにした。ランプを持ち上げた瞬間、気持ちの悪い感覚に襲われランプを落としてしまう。勝手に借りた大事な明かりが壊れ、辺りは完全に真っ暗になり、方向も何も分からなくなってしまった。

 少し時間が経って身体が慣れてきたのか、恐怖心も薄れ、周りの様子がはっきりとわかるようになった。既に帰る予定だった時間からは大幅に過ぎていた。私は一人暮らしの為問題はないのだけれど、友達はさすがに家に居なければいけない時間。急いで外に出て、道を見つけると人が二人立っていた。向こうが私に気付くと懐中電灯を向けてきた。暗闇に慣れた目に光を浴びて周りが見えなくなると同時に酷い頭痛と吐き気に襲われて、その場で崩れ落ちてしまう。

「大丈夫かい?!」

 近寄ってきた知らない人は光を私に浴びせながら近づく。光が私を苦しめる。この人は私を苦しめようとしている。反射的に触れてきた手を払い、持っている懐中電灯を叩き壊す。

「うわぁっ!」

「どうした?!」

 声を聞いたもう一人が私にまた光を浴びせる。その後、何があったかはよく覚えていない。気が付いた時には辺りはまた真っ暗で気分も不思議と落ち着いていた。身体はベタベタに濡れて獣のような臭いもする。疲れと痛みでフラフラになりながらも山を下りて家へと帰る。家の電気をつける気にならず、真っ暗なままシャワーを浴び、そのまま布団へと潜って眠りについた。

 夢の中で自分の身体が深く深く暗いところへ沈んでいくのを感じる。


 昼間に起きた私は身体中を虫が這い回っている感覚や、頭の割れるかのような痛み、四肢が千切られるような痛みに耐え続ける。暗い場所にいれば痛みは弱まる為、私が自由に動けるようになるのは日没後だけだった。きっとあの夜、何かが私に取り憑いた。時間が経つごとに人への殺意が膨れ上がるようになり、何かが私で暴れまわろうとする。徐々に私とその何かの境界が曖昧になって感情のコントロールが難しくなっていった。


 数日後、私はまた真夜中に家を出て、あの山に向かった。目的は勿論あの小屋だ。明かりも何も持たなくても道を見つける事には問題ない。むしろ光がない方が鮮明に見える。山に付くと、なぜか立入禁止のテープが張られていた。

 しかし、そんな事は私には関係ない。急がないと、また夜が明けてしまう。道の方はまだ人間の気配がする。面倒なことは避けたいため、木々の隙間から山を登っていく。人間の気配を避けつつ山を登りつづけると山頂に出た。そこで私は囲まれていることに気が付いた。木々の隙間から複数の光がこちらへと向かってくる。

「ん?君は行方不明の子じゃないか? おーい!こっちに女の子がいるぞ」

その声を聞いた人間が続々と集まってくるのを感じる。光がどんどん集まり、私を苦しめる。あの光を壊さなきゃ……

 なぜだか頭ははっきりとしていて、身体も軽い。私に触れようとした人間を振り払い、光を壊す。この人間たちは私を苦しめるつもりだから、私はこの人間たちを許してはいけない。光を失った人間は無力。私は山頂一帯が泥沼と化すまで、力の限り人間を痛めつけた。真っ暗な地に伏した人間の上に私は立つ。やはり身体がべたついて気持ち悪いが、疲れも痛みも感じない。爽快な気分に酔いしれる私にまた光が浴びせられる。


 頭上を見上げると、醜い満月が雲の間から私を嘲笑っていた。


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