思い出の洗濯
水瀬 光
第1話 突然のメール
伊藤楓は人気のない夜道を一人で歩いていた。その表情は夜の闇に溶け込むように暗い。
今日は彼氏の啓太との5年記念日だった。だから、夜景の見えるレストランで一緒にフレンチのコースを食べる予定だった。
しかし、おしゃれをしてお店に向かっている途中、啓太からメールが届いたのだった。
「また遅れるんじゃないでしょうね?」
少し苛立ちながら開いたメールには「楓ごめん。別れよう」というドラマでしか見たことのない文章が無機質に書かれていた。
すぐに啓太に電話をかけるが出ない。頭の中でもう一人の自分が「冷静になれ」と語りかけるけれど、それに取り合う余裕もない。
とりあえず家に行こう。何かサプライズでも計画しているのかもしれない。5年付き合ってきて、啓太のことは私が一番よく知っている。優しくて愛情深い啓太がメールだけで関係を終わらせるような冷たい人間なはずがない。
楓は急いで啓太の住むマンションへと向かった。合鍵はもらっていなかったから、他の住人が入る時に鍵を忘れたと嘘をついて入れてもらった。
ドアの前について電子キーを入力する。「1013」。二人が付き合い始めた記念日だ。ピーッと音がして電子キーが解除される。内鍵はしまっていない。
恐る恐る玄関へ足を踏み入れると、啓太の靴の隣に赤いハイヒールがあった。それを見つけた瞬間、急速に鼓動が早くなるのを感じた。胸のざわざわと冷や汗が止まらない。
このまがまがしい靴の正体を明らかにしたい気持ちと、知ってしまったらもう立ち直れなくなるのではないかという葛藤で全身は震え、足が動かない。
しかし、このまま帰っては一生モヤモヤする。覚悟を決めた楓は靴を脱がずにリビングに向かった。
決死の覚悟で扉を開けたが、中は真っ暗で誰もいない。ざわざわはさらに加速する。
そして、リビングの奥の寝室に向かって歩きだした。
思い出の洗濯 水瀬 光 @hikari_m
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