第15話 実技

「おぉ! 本当っすか!」

「僕も一緒にですか?」


 二人はストークに言われたように中央へと進んで行く。

 ソーヤに至っては二人がかりになってしまう事を心配しているようだ。


「余計な心配はするな、これでも私はこの学園でも強いほうだ」


 ストークは自然に構えているがその姿に隙はない。


「他の皆は離れていろ。私との戦いを見ればこの二人が特別扱いされる理由に納得するだろう」

「俺は特別扱いなんてして欲しくないんだけどなぁ」

「何事も上手くいかないものですね」


 軽口を叩いている内にライド、そしてソーヤも準備が整っていた。

 二人は魔力を体に通し、これから始まる戦闘へと体と思考を切り替える。


「それでは始めるとしよう……”起動”」


 後は3人のうち誰かが口火を切るだけだ。



 明確な始まりの合図は無かった。

 三人が戦闘起動になった瞬間を見計らっていたのかライドとソーヤの二人は同時にストークへと襲いかかった。

 瞬時に距離を詰めたソーヤがストークの体の中心へと拳を振るう

 その攻撃と少しの時間差で横合いから飛びかかるようにライドが蹴りを放つ。

 ストークはソーヤの拳を軽く叩き軌道を変え、ライドの蹴りを体を少しだけずらすことにより回避する。

 だが、二人とも攻撃が当たらなかった事など想定内。

 流れるように次の動作へと移った若き術士の連撃は止まることをしない。

 ソーヤは直線的な動きで最短距離を詰めて行く。

 彼が撃つのはあくまで牽制だった。

 態勢が崩れたところへと本命の一撃を振るうのが自身の役目という割り切った牽制だった。

 その拳に合わせて死角の外、主に頭を狙い死角からの攻撃を行うように立ち回っているのがライドだ。

 彼等は初対面に行った組手によってお互いの得手不得手を何となく理解していた。

 柔軟に、多角的に攻めるのはライドが得意。

 一撃の威力、重さはソーヤの方が得意だと。

 双方ともに打ち合わせたような事はないがそう考えていた彼等は自然に連携を取っていた。

 だが、その猛攻もストークには届かない。

 勿論、余裕を持って回避しているというわけではない。

 それでも防がれているという認識が正しい事を二人は感じていた。


「上手いっ!……崩せないわけじゃないけど……さっ!」


 ライドが魔術を起動させる。

 高い位置への攻撃をして注意を上に向けさせた後に土魔法により足を拘束する。

 ライドが好んで使う連携であり、ソーヤには組手で一度見せていた。


「……っ! やるな!」


 近接戦闘の中に自然に混ぜ込まれる行動を阻害する術式に思わずストークの声が漏れる。

 その拘束は決して強いものではないが、熟練者同士の戦いならば隙はその一瞬で充分。


「強くいきますよ」


 足を固定され体をずらす事ができなくなったストークに向けてソーヤの拳が唸った。

 先程までの牽制とは明らかに違う。

 踏み込んだ足が地面に罅を入れる。

 放たれた一撃を避けることはできないと理解したストークは防御の態勢を取った。

 防御をしたとは言え人を殴った音とは思えない轟音が響き、ストークが後方へと吹き飛ぶ。

 練武場の端まで吹き飛んだストークの姿に見学していた生徒達は息を呑む。

 その威力は同年代の術士が出したものとは思えないものだった。

 だが、ソーヤに手応えはなかった。

 確かに彼の拳はストークを捉え、その威力により吹き飛んだ、そう見えた。


「今のは防がれましたね。タイミングは良かったと思いましたが」

「派手に吹き飛んだのは風の術式で後ろに飛んで威力を殺したのかな?」


 拳を当てたはずのソーヤは微妙な表情をして追撃をしないのはそのためだ。 

 相手にダメージを与えたという感覚がなかったのだ。

 ライドもストークに攻撃が防がれていたことをわかっていた。


「ふぅ……末恐ろしいな……」


 吹き飛ばされながらも態勢を立て直し地面に膝をついて着地したストークが何事もなかったかのように立ち上がり土埃を払う。

 表情を変えずに呟く姿からは感情は読み取れない。

 たしかに彼等が規格外であり、既に完成された実力があるだろう事はわかっていた。

 それでも実際にその力を体感すれば感心してしまう。

 二人はまだ15歳だ。

 それでありながらこの実力。


「この二人を育て上げた者に頭が下がる、よくまぁこの歳でここまで……」


 ストークは二人を鍛え上げたであろう人物を賞賛していた。

 同じ教育者として将来有望な若者の力の土台を作った人物へと内心で賛辞を送る。

 才能があったとしても、それを力とできるかどうかは別だ。

 潰れる才能など腐るほどあることをストークは理解していた。

 だからこそ、その才を正しく伸ばしている二人の姿に喜びが沸いてくる。


「さて……次は私から行こう」



「来るっ!」


 二人はストークが攻撃する態勢に入った事を瞬時に悟る。

 ライドとソーヤは明確に手加減をされている事がわかっていた。

 ストークは最初の攻防では一切攻撃をしなかったからだ。

 攻撃を防ぐための動作はあっても二人へ対しての明確な攻撃がなかった。

 だが、ここからは違うと二人は理解していた。

 ストークの手に魔力が集まり術式が発動する。


「暴風」


 その瞬間、練武場は吹き荒れる風が支配した。

 ライドとソーヤに向かって目を開けることも難しくなるような風圧が襲いかかる。

 風は周囲の土を巻き上げ煙幕のように二人の視界を僅かの間だけだが塞いだ。

 その隙に端まで離れていたストークが一瞬にして近接戦闘の間合いまで距離を詰める。

 狙われたのはソーヤだ。

 迎え撃つソーヤに対してストークの拳が迫る。

 強かに腕を打つかと思われたその拳だったがソーヤの防御に衝撃が来ることは無かった。

 ストークは殴ると見せかけてソーヤの腕を掴み強く自身へと引き込もうとする。

 その力に抗うために足を踏ん張った瞬間にソーヤから大地の感触が消えた。


「しまった……っ!」


 足を払われたのだ。

 ソーヤが態勢を維持するために入れた力の流れを見切られていた。

 身体が宙に浮く。

 それは一瞬の出来事だったがその瞬間に身体の下から爆発するように上がった風によってソーヤの身体が空中へと吹き飛ばされる。


「っ!」


 空へと飛ばされるソーヤの姿に動揺する事なくライドはストークへ後方から躍りかかる

 仲間がやられていると考えるのではない、仲間が作ってくれた隙だと考えるべきだとライドは師匠から教わっていた。


「いい反応だ」


 二人を分断したことによりストークはこの一時はライドに集中する事ができるようになった。

 ストークが振り向きざまに回し蹴りをライドに放つ。

 それをライドは受け止めようとするが受けた腕ごと身体が吹き飛ばされた。


「っ……!」

「炎雨!」


 ライドは吹き飛びながらも火の魔術を使いストークを牽制する。

 同様に上方へと打ち上げられていたソーヤも空中から文字通り炎の雨を降らせる。

 それらの魔術はストークへと直撃したように見えた。

 二人の炎の魔術が吹き荒れる。

 通常の人間ならば消し炭になってもおかしくないレベルの火力に顔を青ざめる生徒達。

 だが、ストークは少し顔を顰めているが大きな傷を負うことはなかった。

 彼の周囲に渦巻く風が炎を消し飛ばす。


「魔術は身体から離れれば減衰する。それはつまり身体の周囲に展開する分には影響は少ないということだ」


 ストークの身体の周囲には彼を守るように気流が発生していた。

 あえて避けずに炎の魔術を受けることで後方で見学している生徒達へ向けてストークが術式の使い方を指導しているようだ。


「強いなぁ……流石はこの国一の学園の先生だ」


 ライドとソーヤも当然まだ余力はある。

 そもそもお互いに殺そうとしているわけではなくあくまで訓練の一貫であるのだから力の底は見えない。

 それでもストークの実力がとても高い事を理解していた。

 二人が盛り上げってきたと感じていたところでストークがストップをかける。


「ここまでだ、お前達の実力はわかったし、他の皆もこの二人と一緒に訓練はできないと理解しただろう」


 ストークは戦う姿勢を崩し、見学していた生徒達の前へと戻る。


「えぇ~もうちょっとやっても良いんじゃないですか?」

「僕はまだまだ行けますけどね」


 その言葉に力が抜けるライドと不満そうなソーヤ。

 ソーヤは特に戦闘に関しては負けず嫌いなのが見て取れる。


「生徒はお前達だけではないんだ、他の生徒の実力も確かめなければならん。そして、実技に関してはお前達の優先度は限りなく低い」


 肩を落とすライド。

 改めて皆と自分が違う扱いをされるという事を突きつけられたライドであった。



 ライドとソーヤの力の確認という事で始まった戦いは終わった。

 同じ年代とは思えない攻防に他の生徒達は様々な反応を示していた。

 ざわめく生徒達を前にしてストークはこう言った。


「皆も二人の実力がわかったとは思う。これから先、この二人に関しては特例措置が取られる事があるだろう。それは優遇しているという訳ではなく、どちらかと言えばお前達の事を想っての事だと言うことを」


 その言葉に一様に頷く生徒達。

 目の前で繰り広げられた戦いを見れば今の自分たちとの差は考えるまでもない。

 それが理解できないような者はこの場には居なかった。


「それと、こいつらを自身と比較する事はない。お前達が普通なのだ」

「それはそうですね、僕達の方が場違いなのでしょう」

「場違い……っ!」


 苦笑するソーヤと悲鳴を上げるライドを見てストークは少しだけ頬を緩める。


「場違いという事はない。今ここに居るのは入学を認められたからだ。確かにお前達二人は少し他の生徒とは違う。だが、この学園の生徒であるという事に違いはない」


 ライドは普通じゃないという事を自覚し始めていた。

 ここに来てから散々言われたことであったし、現に周りの生徒とは違う扱いをされている。

 だが、それでもこの学園が今の自分の場所なのだと認めてもらえたのがライドは嬉しかった。

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