家を出て、学園に行き、世界を知る~力はあっても常識がない~
@syougun2020
1章
第1話 暴走の始まり、暴走の終わり
「おいおい、話には聞いていたが世界の終わりと言われても納得の光景だな」
今はまだ遥か遠くに見える魔物の群れ、それを目の前にして砦の壁の上から男はそう言った。
ここは人と魔物の領域の中間に位置する平原、常ならばこんな光景は起こり得ない。
砦の上に立ち彼方を見据える、その視界に映る黒い点にしか見えないものは魔物なのだ。
点だけではない、空を埋め尽くす黒い雲も鳴動する小山のような影もその全てだ。
「私達が耐えなければ世界はともかく、この周辺の国は終わりだ」
そう言って現れた男の後ろには多くの人間が続いている、その誰もが一騎当千の力を持つ勇者だった。
彼らだけではない、この中間領域は最終防衛線だ。
幾千の兵士達が迫りくる災厄を防ぐために集まっているのだ。
それほどの戦力を集めねば止まらない、それほどの災害が目の前の光景なのだと誰もが理解していた。
「時間を稼ぐ、それだけで良い。この災害は長くは続かん」
男は眉間に皺寄せながらそう呟く、その言葉の真偽はわからないが彼はこの防衛戦の発案者だ。
「長くは続かないね……“天眼”のお言葉とはいえ信じきれないが……」
「どちらにせよ時間稼ぎしかできそうにないわ、数が違いすぎる」
ここに集まった精鋭は正しく周辺各国の実力者達だ。
国々の最高戦力、大金で雇った名のある傭兵、とにかく腕に覚えのある者がかき集められていた。
そして、彼らの力を持っても押し寄せる波を留めることはできない、そう結論せざるをえないのだ。
「先発隊になる君達は力の強い個体を優先的に処理してくれれば良い。討ち漏らした小物は騎士団で出来る限り処理をする」
指揮官の男の元に伝令が走り寄り何かを伝える。
「海岸線が一足早く接敵したようだ、こちらも始める」
相手は魔物の群れ、開戦の礼節などあろうはずもない。
「さて……君達に大仰な言葉など必要ないだろうが」
男は集った勇者たちを一瞥し言葉を続ける
「連合からの依頼は一つ、この大地を守るため、人間の領域を守るために力を貸して欲しい。やり方は任せる」
先発隊とは呼ばれてるがここに集められたのは部隊には留められない規格外戦力だ、纏めることなど誰もできはしない。
「それじゃ開戦ってことで行きますか。でかいのかますんでその後は各々デカブツ狩りお願いしまーす」
そう言って男が放った光が狼煙となり戦いが始まる。
後に”極大暴走”と呼ばれる大災害の始まりであった。
◇
そこは本来は王城のはずであった。
木々に覆われ見る影もない建物の中、樹木と一体化している化物のような男の前に四人の男女がいる。
それはこの暴走の引き金となった者と暴走を止めるために送り込まれた者であった。
誰もが満身創痍。
しかし、戦闘は既に終わっていた。
残っているのはこの暴走を終わらす事だけ。
その状況にあって、彼等は一人の青年へと言葉を紡ぐ。
「博士が俺達に託してくれた戦い方を、その心を後に繋げて欲しい、お前にならできる」
傷だらけの男性が微笑みながら語りかける。
その言葉は信頼に満ちていた。
「家族を作りなさい、私達にはできなかった未来を紡ぐの」
白髪の女性が涙を堪えながら語りかける。
その言葉は愛に満ちていた。
「許してやってくれとは言えないのはわかってる、それでも兄を……殺さないで欲しい」
すでに立てないのだろう、地面に座り込みながら険しい顔をした男が語りかける。
先の二人とは違い、その懇願の言葉には悔恨が満ちていた。
「最後の民を頼む……そして、ありがとう」
樹木に埋まった者、彼等の討伐対象であった”領域の主”が語りかける。
その言葉には希望を託す期待と、感謝が満ちていたのだった。
それらは約束だった。
破ったとして何かがあるわけではない口約束、守られる保証など何一つ無い。
それでも守らなければならない最後の約束だった。
「約束……約束だ! 安心して良い! 絶対に……守るからっ!」
その瞬間に体に凄い負荷がかかり外に押し出される、視界が塗りつぶされる。
周辺を巻き込みながら力が内側に収束していく。
世界が閉じる。
それを彼は見つめていた、永遠の別れだった。
そうして“極大暴走”は終わったのだった。
◇
「難しい事ばかり……言うんだからなぁ……兄さんも姉さんもさ……」
そう言って彼は軽く頭を掻いた。
涙はもう出なかった。
思考を切り替えなければならない、約束を守るために。
ここは大災害の中心からすこしズレた、森に覆われてしまって今は見る影もなくなってしまった街の中だった。
急に“主”がいなくなったせいだろう、周辺にいる魔獣はみな気を失っているのか倒れて動かない。
「約束は守る、履行が心情に委ねられているからこそ結んだ約束は守られるべき、博士の教えだ」
彼は進む、急いでいるようには見えないがその速度は人の物とは思えない。
そうして辿り着いたのは樹木に守られた家屋だった。
元々は孤児院だということだが、今は大樹が絡みついて辛うじて建物の形を保っているだけだ。
入り口が塞がれている、恐らくだが”領域の主”が最後の理性でここを守護したのだろう。
「さて……ここに最後の生き残りがいるらしいが、間に合ってくれよ」
塞がれている入り口を吹き飛ばす、どれくらいの期間封鎖されていたのかわからないが話を聞くに生命の維持がギリギリだ。
それも当然、ここは常人なら生きていける環境にない。
大気が、大地が、空間が汚染されている。
ここは人が住む世界ではない。
人は人の領域でしか生きいくことはできないのだ。
「地脈の空白地帯のために汚染が少なかったのか……運が良いというよりはここしか守れなかったと思うべきか」
その時、奥に小さな気配を複数感じる。
「生きているか~助けにきたぞ~」
声をかける、情報では小さな子供だと言っていたのでなるべく警戒をされないようにしたつもりだが返ってきた返答は悲痛な叫びだった。
「だ……だれ……いや、誰でもいい!」
小さな男女の兄妹だった。
泣きそうな声で、縋り付くような表情で2人は叫ぶ。
「お姉ちゃんを助けて! お願いします!」
そう言って幼い兄妹は彼の手を引いて奥に引いていく。
「お姉ちゃんが倒れて! 苦しそうで! なにも……できなくて!」
「落ち着け……ってのは無理な相談だよな、遅かったのか……いや、まだわからないな」
兄妹に手を引かれついた先には床に少女が寝かされていた。
酷く魘されている。
額に浮かぶ玉のような汗、何よりも体内の魔力の流れが異常だ。
汚染が始まっている。
「ずっと……外がおかしくなってからずっと!食べ物とか私達にばかり……! 守ってくれてたの!」
「お願いします! 何でもします! お姉ちゃんを助けて下さい!」
そう訴える子供たちの顔色も決して良くはない。
倒れた姉に気を取られて気づけていないだけで彼等にも限界は近づいているのだ。
彼は考える。
奥の手を使えば助けることはできる。
一回限りの切り札だ、世界を騙し改ざんするインチキだ。
「さて……君達の名前を教えてくれるかな?」
少年の名前はライド、妹はルテ、倒れている姉はフィエというそうだ。
いい名前だと安心させるように褒めてあげる。
そして、ここから新しい一歩を始めるのだと意識をしながら、ゆっくりと話しかける。
「安心して良い、君達の姉さんは俺が助ける……だから俺からもお願いがあるんだ」
悩む時間は一瞬だった。
元より残す意味はない切り札。
ここで使うのならば博士も兄さんも姉さんも許してくれる。
いや、きっとこのためだったのだ。
それにここで彼らを助けるのは“領域の主”との約束、さらに最愛の兄姉との約束にも繋がるのだ。
「俺の家族……はちょっと早いか、まずはそうだな……弟子になるところからお願いしたいんだ」
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