第30話 決意のホワイトデー
あぁ、ついに来てしまった。
私は駅前で陸を待っていた。緊張してまた早く来ちゃったな…。
(呆れた。そんなに待たせなきゃわからないの?好きか、好きになれそうか、ただの友達か、どれかしか無いじゃん)
沙耶の言葉を思い出す。そう、どれかしかない。簡単な話だ。
「わり、また待たせちまった」
「わっ!」
急に陸が現れるもんだからビックリした。
「今日も早いな。まだ20分前なんだけど」
「べ、別に緊張して早く来ちゃったとか、そういうのじゃないからね!」
やば。我ながらバレバレの演技。陸は一瞬驚いた顔を見せたけど、すぐに笑い出す。
「ハハッ!わかってるって。行こうか」
陸ってこんなに無邪気に笑うんだな。
ポップコーンとジュースを買って、映画館に入る。隣の席に座る陸がやたらと近く感じた。これじゃ集中できないよ…。
と思ってたけど、意外に慣れるもので、気付いたら映画にのめり込んでいた。てか、映画って無理に会話しなくていいから、気を使わなくて楽!2時間座ってるだけでいいんだから、そりゃそうだよね。
エンディングが流れ始め、チラホラ帰る人が出てくる。なるほど、陸は最後まで見たい派ね。
上映が終わり、館内が明るくなった。
「じゃ、行くか」
と陸が立ち上がったので、私も立ちあがろうとしたら、よろけてしまった。
「わわっ…」
「おっと」
すかさず陸が支えてくれる。その瞬間、心臓が必要以上に動き出したのを感じた。
「ご、ごめん…」
「気をつけないとな。世奈って運動神経いいのに、ドジだよな」
今日の陸はよく笑うなぁ。でもちょっとムカつく。
「もう!からかわないで!」
映画館を出ると、もう薄暗くなっていた。なんとなく2人で駅の方向に歩き出す。
「飯、どこかで食ってく?」
「お母さんが夕飯作ってくれるから、今日は帰らなきゃ」
「そっか…」
「あれ?少し寂しい?」
陸が寂しそうな顔をしたので、少しおちょくってみる。
「あぁ、そうだな」
まさか乗っかってくるとは。逆に返しに困ってしまう私。それを見て陸は少し微笑んだ。
「そうだ、これ」
陸は何か思い出したかの様に、リュックから綺麗に包装された小箱を取り出した。箱のデザインもお洒落で、表面には人気ブランドの名前がプリントされている。
「え、なにこれ?」
「今日はホワイトデーだろ?お返し」
「開けてもいい?」
「あぁ」
小箱の中には、数種類のハンドクリームが入っていた。それぞれ、香りが違うみたい。
「まだまだ寒くて乾燥するし、これならいいかなって…どうかな?」
「うん!お洒落!すっごく嬉しい!」
「そっか、よかった」
陸は照れ臭そうに鼻の下を人差し指で擦った。
「試しにつけてみていい?」
「あぁ」
私は箱の中きらハンドクリームを1つ取り出して、手の甲に乗せて馴染ませた。高級感のある香りが漂ってくる。
「すごい、めっちゃいい匂いだよ!」
私は手を陸の顔の前に差し出す。いい匂い過ぎて、陸にもこの香り共有したい!
ところが陸は私の手についたハンドクリームの匂いには興味を示さず、いきなり手を掴んで私を抱き寄せてきた。
「え?陸…?」
「そろそろ、答え聞かせてもらっていいか?」
「…」
「俺と…付き合ってくれ」
多分合宿以降、陸はずっと私を好きでいてくれてた。その気持ちに私も答えなきゃいけない。でも、今のこの中途半端な気持ちで、こんなに真っ直ぐ私を好きでいてくれる陸に答えを出していいのかな?
(自分の気持ちがわからなければ、付き合ってみたっていいんだよ?それで好きになれなければ別れればいいんだから)
沙耶の声がまた頭の中でこだまする。
好きか、好きになれそうか、友達か…。
私はそっと陸の胸の中から離れた。何故か少し、目頭に涙が溜まる。
「…うん、付き合おっか」
それを聞いた陸は一瞬、崩れ落ちそうなくらい脱力して、天を仰いだ。それからもう1度力強く、私を抱きしめる。
「ありがと。死ぬほど嬉しい」
「ちょ…さっきから思ってたけど、ここ人前!恥ずかしいってば!」
「あぁ、わり。そういえばそうだよな」
「陸ってたまに、周り見ずに大胆な行動する事あるよね。先に言っとくけど、そういうの恥ずかしいから禁止ね!」
「はい、反省してます」
陸と目が合う。今までなら恥ずかしくて数秒で目をそらしちゃってたけど、不思議と今なら
いつまでも見てられそう。
「これからよろしくね」
「こちらこそ」
そこから駅まで、陸は子どもの様にガッツポーズを繰り返した。もう、大胆な行動禁止って言ってるのに。でもここまで嬉しそうにしてくれると、こっちも嬉しくなっちゃうな。
陸は私と逆方向に一駅行ったところが最寄り駅。先に陸の電車が来たけど、陸はそれには乗らずに私の電車が来るまで、待っててくれた。こういうところ、晴琉にも見習ってほしいわ。
「あ、来た」
自動ドアが開く。人の通行の邪魔にならない様に、私は出入り口の端に乗り込んだ。
「じゃ、また月曜日に学校で」
「うん」
陸に見送られてから、私は空いてる席に座った。
これでいいんだよね…。
最寄り駅に到着したら、あたりはすっかり暗くなっていた。少し早足で帰ろう。お母さんが夕飯作って待ってくれてる。
その時、ポケットのスマホが振動した。沙耶からのメッセージだ。
『どうだった?』
やっぱ気になるよね。私は
『付き合ったよ。色々協力ありがと』
とだけ返信して、家に向かった。すぐに返事来るだろうけど、あとは帰ってからにしよう。
家に帰ると、カレーのいい匂いが充満していた。
「お帰り世奈。夕飯できてるわよ。手を洗って」
「ありがとママ」
「そういえば昼頃、晴琉が来たわよ!バレンタインのお返し預かったから、部屋に置いておいたわ」
蛇口から流れる水道水の中で擦り合わせる手が一瞬止まる。晴琉、来てくれてたんだ…。
夕飯を食べ終わってから部屋に戻ったら、勉強机の上に晴琉のくれたお返しの品が置いてあった。
中身を開けてみる。
…って、え?何これ?ペンギン?
見たことのないキャラクターの型で型どられた大きめのチョコが1つ入っていて、思わず笑ってしまった。
「相変わらず、センスないなー」
きっとこれが晴琉との最後のホワイトデー。
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