第29話 誤解
(晴琉)
「なぁ世奈。今日の宿題なんだけど…」
「忙しいから自分で調べて」
「おい世奈、今日の練習メニューって…」
「部室のメニュー用紙で確認して」
おかしい…。なんかおかしいぞ。
最近ずっと、世奈が冷たい気がする。毎朝起こしには来てくれるけど、登校中や下校中も終始ムスッとしてるし。なんでだ?心当たりが無さすぎる。
その異変に、健はすぐに気付いた。
「お前ら最近、喧嘩しただろ?」
直球すぎてデリカシーの無い質問だぜ、全く。
「別に。心当たりねぇよ。何故か最近ずっとあんな感じなんだよ」
「そういうのは、ほったらかしにしとくとヤベェんだぜ?なんとか機嫌戻してもらえるように、俺が協力してやろうか?」
「冗談じゃねぇ。お前らが協力するとろくな事にならねぇから、俺が自分でなんとかするよ」
健にはそう言ったが、なんとかするってどうする?とりあえず隣の教室に行ってみるか。
休み時間に隣の教室に入ると、世奈は黒板消しで黒板を綺麗にしていた。世奈は今日、日直だ。日直の仕事のひとつで、毎授業後に黒板を消すという仕事がある。
これだ。
俺は黒板の隅にある、もうひとつの黒板消しを使って黒板を消し始めた。
「なに?」
「いや、板書が多いから、手伝ってやろうかなって」
「ありがと」
と世奈は冷たく言い放った。黒板を消し終わると、世奈はさっさと自分の席に戻って行く。ダメか。
しょうがない。気が進まないけど、直接聞くしかないか。
その日の帰り道、機嫌が悪い理由を世奈に聞いてみることにした。
「なぁ世奈。俺、なんかしたか?」
「なんで?」
世奈は目を合わせてくれなかった。
「いや、最近、なんか俺に冷たいような気がしてよ」
世奈はようやく視線をこちらに向けた。凍りつく様な視線だったけど。
「心当たり、ないんだね」
俺は世奈の覇気に圧倒され、生唾をゴクリと飲み込む。
「…ね、ねぇよ」
世奈は大きくため息をついた。
「なんで私に言ってくれなかったの?」
「だからなにを?」
「付き合ってるんでしょ?薫ちゃんと」
「は?」
「見ちゃったの、晴琉と薫ちゃんが手繋いで歩いてるとこ」
馬鹿な。なんでバレた?
「いや、あれは…」
「あれは、なに?」
俺は黙り込んだ。他人の家族の事情、しかも命に関わるような事を俺がペラペラ喋っていいのか?
「私にくらい言ってくれたっていいじゃん。沙耶にだって、うまく説明してあげられるのに…」
「沙耶も見てたのか!?」
「うん」
ますますややこしい事になってんな。こりゃゲームオーバーか。光永には申し訳ないけど、俺は事情を説明する事にした。
………
「そういう事だったんだ、なんかごめん」
話を聞いた世奈はすっかり機嫌を取り戻したが、同時に罪悪感に駆られてる様だった。ったく、女ってめんどくせぇ。
「この事は誰にも言ってほしくないけど、この際しょうがねぇ。沙耶にだけは説明してやってくれ」
「わかった」
気付いたら俺の家の前まで来ていた。俺は家に入ろうとしたが、
「ねぇ晴琉」
と世奈に呼び止められた。
「なんだ?」
「恋人のフリでも、手を繋いだりして薫ちゃんの事を好きになったりしない?」
「…ないね。じゃな」
そう言って俺は家に入った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
(世奈)
「ほんとに?晴琉と薫ちゃん、付き合ってないんだ!」
「うん。でも事情がね…、正直素直に喜べなかったよ」
「付き合ってなかった事、世奈も嬉しかったの?」
沙耶がキョトンとして聞いてきた。
「あぁ!いや、これでまた晴琉と沙耶が付き合えるチャンスができたなって!ね!」
「あぁ、そうだね!家の事情があろうと、そこは譲る気はないよ、私は」
沙耶はまた燃えていた。まぁ元気になってなによりだ。
「ところでさ、アンタは気持ちの整理ついたわけ?ホワイトデー、もう今週だけど」
そうだった。今週、ホワイトデーだ。
「ううん、まだなんだけど…」
「嘘でしょ?まだ決められないの?あんたホントに慎重なんだね」
そんな事話してたら、陸が近付いてきた。聞こえてはないと思うけど。
「世奈、ちょっといいか?」
沙耶が陸に見えない様に私を肘でつつく。
「う、うん、いいよ!」
私は廊下に連れ出された。
「今週の14日なんだけど…、午後から映画観にいかないか?世奈が好きな恋愛漫画、実写化したし、あれ面白そうだなって」
14日!ホワイトデー!今年のホワイトデーは土曜日だった。
「あ、あー!あれ、私も気になってたんだ!い、行こっか!」
ダメだ、どうしてもテンパってしまう。これじゃホワイトデー意識してるのバレバレだよ…。陸は多分気付いてるんだろうけど、そんな素振りを見せずに話してくれた。助かるわ。
「じゃ、決まり!映画が14時20分〜だから13時半に駅前集合で」
陸はそれだけ告げて爽やかに去っていく。それを遠くから眺める沙耶の視線に気付くのに10秒もかからなかった。
「なんだって?」
「14日、午後から映画に行かないかって」
「14日って…ホワイトデーじゃん!いい?世奈。ちゃんとホワイトデーまでに自分の意思を固めておくんだよ!?」
「わ、わかってるよ…」
そこからホワイトデーまで、考える時間としてはとても短く感じた。
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