第28話 ばあさん

「ばあさん、俺達の事怪しんでなかったか?」


病院に向かう途中、気になったので光永に質問した。


「今のところ、そんな風には見えてないけど」


「まぁでも、こう毎週会うってなるとな。どうしてもボロが出そうだよな」


「確かに…。そうだよね…」


光永は凄く寂しそうな表情になった。少しだけ、手が震えてる。ばあさんの余命はあと2〜3ヶ月程だそうだ。そりゃ喜ばせたいよな、最後は。


俺は辺りを見渡した。うん、うちの生徒の気配はない。こっち方面に帰る奴も少ないはずだし、問題なさそうだな。


俺は光永の震える手を握った。光永の手は想像以上に冷たく、小さい。


「え?」


光永は少し動揺した。まぁ好きな相手からいきなり手握られたら動揺もするか。


「病院の近くに来たしよ、どうせやるならばあさんにバレねぇ様にしっかり演技しようぜ」


それを聞いた光永はクスッと笑った。なんだか小馬鹿にされてる気分だぜ。


「何がおかしいんだよ」


「高尾くん、手汗が凄いから」


「しょ、しょうがねぇだろ!…初めてなんだよ。…その、女子の手を自分から握るのは」


光永は楽しそうに笑う。


「笑うなよ!」


「ごめんごめん!なんだか嬉しくて。高尾くんが初めて自分から手を繋いだのが、私だったんだって。じゃ、行こっか」


ちょっと小っ恥ずかしいしムカつくけど、まぁ光永が元気になったからいいや。


ばあさんは病室にいた。手を繋いでここまで来たお陰かわからねぇが、今回はわりと自然体でいられる気がする。


「おばあちゃん、具合はどう?」


いつも光永は、ばあさんの体調チェックから会話を始める。


できた孫だよな、本当に。そこから他愛もない会話をする事、30分。


「ちょっとトイレ行ってくる」


光永は席を外した。ばあさんと2人きりになるのは初めてだ。変に意識しちまって、何話せばいいかわからん。


「どうじゃ、薫は迷惑かけとらんか?」


ばあさんから喋らせちまった。俺もばあさんが喜ぶ言葉をかけてやらねぇと。俺は光永のいいところを考えた。


「別に?100点満点の彼女だよ。ばあさんだけじゃなくて、俺にもクラスメイトにも優しいし、いつも部活で走ってる時も見ててくれるし」


「そうじゃろそうじゃろ!薫はの、とても気が効く優しい子なんじゃ」


ばあさんはとても嬉しそうだった。元気そうに笑う姿からは、とても余命宣告されている様には思えねぇ。


「あぁ、そうだな!」


「薫の良いところをわかってくれる彼氏でよかった。そうじゃ、お主には礼を言わねばならん」


「お礼って、なんかしたか?俺」


「あぁ。実はの、薫が彼氏を連れてくるのを見るのがワシの夢だったんじゃ。もう叶う事はないと思っていたのじゃが…、こうしてお主がここに来てくれた。ワシの夢を叶えてくれてありがとう」


「ばあさん…」


「もう知っとるかもしれんが…。ワシの命はもう長くない。だから1度でも薫が彼氏を連れてくるのが見たくて、薫を急かす様な事ばかり言ってしもうた。ダメなばあさんじゃよ、全く。だから薫が彼氏ができたと話した時、自分のことの様に嬉しかったんじゃが、同時に不安でもあった。ワシに気を使って早く彼氏を作らねばと、手頃な男と付き合ったのではないかと。しかしお主を見て安心した」


「安心って…、来たのまだ3回目だぞ」


「ワシが今まで何年生きてきたと思っとる?それくらいの目は養っとるつもりじゃ。お主は薫の事をよく見ておる。薫がワシに話しかける姿、手際よく世話をする姿を見て、お主が感動しているのがワシにはハッキリわかった」


確かにそうだ。光永がまさかこんなにばあさん想いだったとは思わなかったし、こんなに優しく笑う事も知らなかったから、なんか心を動かされた。流石だな、ばあさん。



「それにお主は…」


ばあさんはまだ続ける。おいおい、誉め殺しだな。


「野望に満ちた目をしておる。この先きっと、何かを成し遂げる大人になるじゃろ。今の気持ちを忘れなければな」


「そうかい」


「決まっておるんじゃろ?『将来成し遂げたい事』は」


「…あぁ、最近決まったところさ」


ドアが開いて、光永が入ってきた。


「トイレ遠くない?おばあちゃん大変だね。…ってあれ?なんか大事な話でもしてた?」


俺とばあさんの表情から察したのか、光永はそんな事を言い出す。


「別に、なんでもねぇよ」


それからもう少しだけ喋って、光永と手を繋いで病院の外に出た。


しかしまぁ、あそこまでばあさんに言われると、この関係でいる事に後ろめたさが増してきやがるな…。


「光永」


「何?」


病院からかなり離れたので、俺は光永の手をそっと離す。


「本当にいいのか?このままばあさん騙し続けて」


「…」


「やっぱり俺は、このままばあさんがいなくなるまで騙し続けるのは、お前にとってもばあさんにとってもよくないと思うわ」


「…」


「大体、最後にお前が後悔する事になるんじゃねぇのか?その気持ちをお前は一生引きずる事になるかもしんねぇんだぞ」


「…大丈夫だよ」


「大丈夫ってお前…」


「高尾くんとのこの関係は、今は嘘だけど、いずれ本当になるから」


光永は真剣な眼差しで俺の目を見つめる。


「光永…」


「じゃ、この話はもうおしまい!もっと楽しい話しようよ!せっかく一緒に帰ってるんだから」


「…そうだな」


俺達はまた歩き出した。


ばあさん、俺はこのままでいいのか?

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