第21話 陸の本気

3000メートルのタイムトライアル。初めての試みだ。


まぁこれは俺にとってもちょうどいい。今どれだけ力が戻ってきてるか、現状確認だ。


「準備はいいか?」


監督が俺らに問う。それぞれが小さく頷いた。


「よし、いくぞ。位置について…」


ピッ!っと力強く笛が鳴る。先生が笛を鳴らした瞬間、すぐに陸が先頭に出た。俺もそれに続く。


正直、今は陸に勝てるとも思わねぇ。だけど、いずれまた倒すんだから、どこまで肩を並べられるか、いけるとこまでいってやるぜ。


俺はそう息巻いてはいたが、今日の陸は何かが違った。いつもよりフォームがゆったりしているのに、推進力はいつもより増している気がする。どういう事だ?対する俺は1000メートル手前で自分の動きを見失い、もうすでにちぎられそうになっていた。


「1000メートル通過…、2分58秒!」


2分58秒だと?夏の1000メートルのタイムトライアルよりも8秒遅いだけ?あれから1000メートルの自己ベストは皆伸びてるけど、それにしてもこの半年で3000メートルの通過タイムに落とし込めるほど成長できてるだと?


俺には完全にオーバーペースだった。1200メートル手前で陸から離される。


陸はそこからもペースを落とさない。2000メートルを6分02秒で通過した。対する俺は大きくペースを落として6分20秒。


学校のグラウンドは一周200メートルで、陸上競技場よりも200メートル短い。陸がラスト一周に差し掛かった時、俺は周回遅れになった。


俺を抜かすタイミングで陸はラストスパートに入った。くそ、一瞬もついていく事ができねぇ。


「陸、9分07秒!自己ベスト大幅に更新!」


なにぃ?陸の一周後に俺もゴールする。9分45秒。ブランクの事を考えりゃ、俺も決して悪いタイムじゃないはず。陸とは、いつの間にかかなり差を広げられていた。


「疲れがある中、カーブのキツい200メートルトラックでこのタイムは凄いぞ、陸。次の全中は優勝も狙える」


先生も興奮していた。陸は


「ありがとうございます」


とだけ返すと、まだ息が乱れている俺の方に歩み寄ってきた。


「俺は強くなった。お前はもう俺を止められない。走りも、恋愛も」


「けっ。どうだかな」


今はそう返すだけで精一杯だった。陸、お前はやっぱり世奈に告白したくなったから、このタイミングでタイムトライアルをしたんだだな。


くっそ。それにしても、マジで悔しいぜ。なんで俺は3ヶ月近くも引きこもっちまったんだ。いや、そもそもあの全国大会で高虎の事を殴らなきゃこんな事には…


「高尾、お前は今日追試と聞いてるぞ。早く切り上げて、教室に行け」


先生にそう言われ、ハッとする。そうだった。今日は補習があるんだ。しかもその後もひと仕事ある。


俺は教室に戻り、国語の先生との約束通り15分くらいで追試を終わらせた。


さて、ここからだ。

俺は今朝下駄箱に入っていた手紙を取り出した。正直まだ頭がタイムトライアルの事でいっぱいだけど、しょうがねぇ。行くか。


体育館の裏だったよな?本当にいんのかよ。

少しドキドキしながら、体育館の門を曲がる。


1人、女子が背中を向けて立っていた。まだ誰かわからない。


「お前か?手紙くれたの」


すると、女子は俺の方に振り返った。


「お、お前は…」


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎

(世奈)


晴琉ったら、追試だったのね。

まぁこれで足止めする仕事は無くなったけど、チョコ渡しそびれちゃったな。


先に陸に渡しちゃうか〜。


陸はいつも通り数人の友達と下校しようとしていた。


「陸、ちょっといい?」


私は陸を呼び止めた。周囲の男子がはやし立てる。なんかこっちが恥ずかしい。陸は友達に先に帰る様に告げて、こっちに来た。


「なに?」


「あ、えっとね、チョコ作ったんだ。よかったら受け取って?ほら、陸には色々お世話になったから。お礼も兼ねて」


なんだか少しテンパってて、カバンからチョコを取り出そうとしたら、陸と晴琉の分のチョコを落としちゃった。


「あぁ、ごめん!落としちゃった」


陸は足元に落ちたチョコをひとつ拾い上げた。


「あぁ、全然構わないよ。手作りなんだね、ありがと」


陸はもうひとつ地面に転がったチョコに視線を向け、拾ってくれた。


「ありがと」


「これは誰に渡すの?」


「あぁこれ?晴琉にあげるチョコだよ。晴琉には毎年渡してるんだ。大丈夫、中身は一緒だから」


「一緒…か」


陸はボソッと寂しそうに呟いた。


「嫌…かな…?」


「そうだな〜…んー、嫌だね」


と言った後、陸はスッと近寄ってきた。




———え?




時間が止まった気がした。気付いたら陸の唇が私の唇に触れていたんだ。陸はすぐにまた私に向き直り、ニコッと笑う。


「ま、こういう事だから。来年は俺にだけ特別なチョコ、くれよな」


私は指先で少し自分の唇を抑えた。まだ陸の唇の感触が残ってる。それを見て陸も少し恥ずかしそうに


「今日はこれくらいにしといてやるよ、じゃあな」


と告げて去っていった。どうしよ、今めっちゃドキドキしてる。なんかいけない事してる気分…。この後、晴琉にチョコあげなきゃいけないのに、どういう顔で渡せばいいの?


私は晴琉を待ってる間、必死に心を落ち着けようとしていた。

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