第19話 ファーストキスの思い出 後編
2週間後、蘭は退院する事になった。今日は最後の105号室。
「よかったな!退院する事になって」
「うん、退院までいつもより時間かかっちゃったけど、晴琉くんが毎日来てくれたおかげで、早かった様に感じたよ」
「そうか、そりゃよかった。また公園でいっぱい話せるな!」
「うん。でもね、晴琉くんには言っておかなきゃいけない事があるんだ…」
「なんだよ?」
蘭の表情は寂しそうだった。
「私ね、引っ越す事になった」
なんのことかわからず、一瞬の沈黙が流れた。
「え…」
「あまりにも学校に行けないから、学校も併設されてる病院の近くに引っ越す事になってさ。そこなら、体調が悪くなってもすぐに入院できるし、病院で先生が授業もしてくれるみたい」
「引越しって…どこにだよ」
「フランス」
フランスだと?じゃあ蘭にはもう…
「もう会えないね。結局私から離れる事になっちゃった。ごめんね」
「いつ引っ越すんだ?」
「3日後。でね、お願いがあるんだ。退院したら最後にもう1度、松葉公園でお話したい。お別れの挨拶はそこでさせてほしいんだ」
お別れの挨拶…。そんな急に言われても、まだ気持ちの整理ができてない。
どうやら蘭の父親はフランスに度々出張する様な仕事で、出張先の近くに日本よりも制度の整った病院があり、蘭の家族はその近くに移住することになった様だ。
俺は病院を出て、松葉公園に立ち寄った。芝生に寝転がってみる。明日で蘭に会うのは最後。最後に何か、してやれる事はないかな。
…そうだ。いい事思いついた!
———次の日。
今日は俺の方が来るの早かった。実は、体調悪いって嘘言って早退してきたんだ。
さて、やる事やんねえと。俺は辺りの散策を始めた。
1時間後、公園に蘭が現れた。俺が先に着いてるのに気付いて驚いてる。
「なんで先にいるの?」
「渡したいもんがあってさ」
俺は背中に隠してた物を蘭に渡した。
「これって…」
「そう、ちょっと早めに来てこの公園内の綺麗な花集めて花束作ったんだ。綺麗だろ?」
自慢じゃないけど、結構綺麗にできた気がする。白や黄色に青と、色はまとまりにかけるけど。蘭は花束を見るなり、目をキラキラ輝かせた。
「…うん、とっても!」
俺は蘭に花束を渡した。蘭は大事そうに抱えると、
「すごく綺麗…」
と呟いた。
それから俺達は前みたいに17時まで話をした。いつもみたいにくだらない武勇伝を聞かせてやったけど、今日はどことなく悲しそうだ。
「そろそろ、時間だね」
「そうだな。…フランスでも新しい友達、できるといいな」
「うん、新しい学校ではちゃんと登校できそうだし、私と同じ様な子が多いから、きっと友達になれると思う。言葉の壁さえ乗り越えれば、だけど…」
「そっか」
俺達は少し沈黙する。こういう時、なんて言えばいいのかわからない。ひとつだけ言えるのは、今凄く寂しい。
「じゃ、もう行くね!」
「おう!」
蘭は俺に背を向けて歩き出した。最初に会った日の事を思い出す。あの日みたいに、振り返って『また明日来れる?』とか言ってくんねぇかな…。
と思ってたら、本当に振り返った!マジか。
「あ、晴琉くん!あとひとつだけ、言うの忘れてた!」
そう言うと、俺の方にまた駆け寄ってきた。俺も思わず顔がほころぶ。
蘭は俺の目の前で立ち止まった。若干距離が近くて恥ずかしい。
「私の最初の友達になってくれてありがと!」
なんだ、そんな事か。それならこっちこそ…
と言おうとしたら、蘭は俺の耳元まで顔を近づけ、囁くような声でこう続けた。
「それと、私の初恋の人になってくれて、ありがと」
そう言うと俺の顔を見て、ニコッと笑った。そして最後に俺の両頬を手で軽く抑え、少し強引にキスされた。思わず体が強張る。
「えっ…マジで…!?」
「じゃーね!」
蘭は走って去っていった。
これが俺のファーストキス。俺は蘭を追いかけなかった。ただその場に立ち尽くすことしかできず、頭の中は真っ白になっていた。
———あれから2年と少し。
蘭とは1度も会うこと無く、連絡すら取らずに、これだけの月日が経っていた。松葉公園にはあの後も何度も出向いたよ。その度に芝生のところも確認してたけど、蘭がいることは1度もなかった。
けど、バレンタイン前に俺の下駄箱に届いた一通の手紙。
(明日、部活動が終わったら、松葉公園に来てください)
この松葉公園を指定してくるあたり、もしかしたら、と思わされるんだ。
今日はバレンタイン当日。蘭との思い出にふけりながら学校に向かう。
「晴琉!…晴琉ったら!」
「んあ!?」
一緒に登校中の世奈が俺に呼びかけてたのにも気付かなかった。
「いつまで寝ぼけてるの!?そっち、学校じゃないから!」
どうやら俺は無意識に通学路から外れようとしてたみたいだ。
「あぁ、わりぃ」
「もう、しっかりしてよね!」
世奈とそんな感じでやりとりしながら、学校まで一緒に歩いた。世奈がいてよかった、一緒に歩いてなかったら多分遅刻してたわ。
そんな事を思いながら下駄箱を開けたら、中からお洒落な封筒が落ちてきた。薄ピンク色の、いかにも女の子が使いそうな…
って、え?また!?
どうやら俺にもモテ期が来てるらしいわ。
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