第18話 ファーストキスの思い出 中編

「晴琉、学校帰ったらよ、俺んちで新作のゲームやろうぜ!」


健が目をキラキラさせて俺を誘う。あぁ、告知のCMが流れ出してから、ずっと欲しいって言ってたあれな。


「わりぃ、今日はいけねぇや」


「なんだよ、最近ノリ悪くねぇ?なんか習い事でも始めたのかよ?」


「んー、まぁそんなとこ!じゃな!」


最近はずっとこんな感じだ。世奈とも一緒に帰らずに急いで家に帰って、ランドセルを自分の部屋に放り投げたら、すぐに松葉公園に向かう。


公園に着いたら、もう蘭が待ってた。


「わりぃ、いつも待たせて」


俺はゼェゼェ息を吐きながら謝った。


「いいよ。ここの公園、1人でいるのも落ち着くし」


「ってかお前の学校終わるの早くね?俺も毎日まぁまぁ急いで帰ってんだけど」


「あー、どうだろね。…そうだ、そんなことよりさ、今日の武勇伝、聞かせてよ!」


「あぁ、そうだな。今日は体育の時間の話だ!今日はバスケットボールやったんだけどよ…」



こんな感じで話し始めて、俺はいつも蘭を笑わせる。今日も17時前まで話し続けた。


「そうだ。毎日ここに来てたもんだから、最近ちょっと友達にノリが悪いって言われてさ、流石に毎日は来れなくなるかも」


帰り際、俺は蘭にそう伝えた。蘭は「そうなんだ…」と寂しげな表情を見せる。


「蘭も俺とばっか話してたら、友達に嫌われちゃうぞ!たまには他の友達と遊んだ方がいい」


「私、友達いないから」


「えっ」


「私、友達いないんだ。同級生でこんなに話してくれる人、晴琉が初めて」


「そうなのか…」


なんだか深くは聞いてはいけない気がした。


「私は毎日ここに来るから、他の友達と遊ばなくていい日は晴琉もここに来てくれる?」


「あぁ、もちろん!じゃあ次は友達連れてくるわ!蘭も友達いっぱいいた方がいいだろ?」


「えー!いいの?…あ、でもやっぱり、私は晴琉だけがいいな…」


「なんで?友達いっぱいいると楽しいぞ?」


「うん、きっと晴琉の友達も素敵な人ばかりだろうし、会ってみたい。でも…」


なんでか知らねぇけど、蘭は友達を増やしたくない様に見えた。


「わかった。じゃあまた俺1人で来るわ!じゃあ、今日はこれで!」 



次の日の放課後、久々に俺は健の家に遊びに行った。新作のゲーム、これがまた超楽しい。俺ん家は貧乏だから、ゲームは買ってもらえない。だから新作のゲームが健の家に入った時は、いつもこれでもかというほど遊び尽くしていた。


けど今回ばかりは、毎日健の家に通うわけにはいかない。蘭が待ってる。


「晴琉、明日も来るだろ?」


「わりぃ、明日は行けねぇわ!」


「なんだ、また先約か?つまんねーの」


その日の帰り道、なんとなく気になって松葉公園に立ち寄ってみた。


いつもの芝生のところには、女の人が1人が立っていただけで、誰もいなかった。ま、もう17時半だ。流石に帰ってるよな。




次の日、俺はまた松葉公園に行った。


あれ?いない…。いつもなら俺より先に来て芝生に座ってるはずなのに。


見渡すと近くに1人、30歳前後くらいの女の人が立っている。よく見ると昨日見た人と同じ人だ。蘭がいたか聞いてみよう。


「あの、すみません。ここに俺と同じくらいの年で、髪の長い女の子来ませんでしたか?」


女の人は、俺を見るなり少し驚いた顔を見せ、それから俺の顔をまじまじと見た。


「あなたが晴琉くん?」


「えっ…なんで俺の名前を…?」


「あぁ、ごめんごめん!私、蘭の母です。晴琉くん、いつもこの公園で蘭とお話してくれてるんでしょ?ありがとね」


蘭の母ちゃんは、そう言ってニコッと笑った。綺麗な人だな。


「蘭は今日来ないのか?」


すると、蘭の母ちゃんは顔を少し曇らせ、こう言った。


「ごめんね。蘭は今、病院にいるの」


「病院!?なんで!?」


「あら、蘭から聞いてなかった?あの子、病弱体質でね。病院に通い詰めなの。今は少しまた体調悪くなっちゃって、入院中」


知らなかった。なんでそんな大事なこと、俺に言わなかったんだ、あいつ。


「この時間にキミが来るかもしれないから、もう来なくていいよって言ってあげてって。昨日は来なかったみたいだけど、ちゃんと今日事情が説明できてよかったわ。あの子ね、初めて友達ができたって、いつもあなたの話を楽しそうにしてたから。また退院したら遊んであげてね」


そう言って、蘭の母ちゃんは俺の頭を撫で、立ち去ろうとした。


「待ってくれ!だったら、病院の場所教えてくれ!毎日お見舞いに行くからよ!」


蘭の母ちゃんの歩みが止まり、こちらを振り返った。


「何故…そこまでしてくれるの?」


「…はじめてだったんだ。こんなに自分に興味を持ってくれた奴は。こんなちっぽけな、何も出来ない俺に。それが嬉しくて…。俺もアイツに助けられてたんだ。だから、また蘭と話したい。頼む!入院先教えてくれ!」


俺は頭を下げた。蘭の母ちゃんは、ふぅ…、とため息を着いた。


「ありがとね。あの子、いい友達を持ったわ。病院はこの公園の近くにある、梶間病院ってところよ」


俺はそれを聞くなり、走り出した。梶間病院…。ここから1キロもない。


今日も面白い話があるんだ。聞いてくれるよな、蘭。


病院に着くと俺は真っ先に受付に向かう。


「すみません!ここに浅野蘭って入院してますよね?部屋番号教えてください!」


俺が身を乗り出して大声で話すもんだから、受付のお姉さんはちょっと引いてた。


「あ〜蘭ちゃん!お友達かな?蘭ちゃんは2階にある105号室に…」


「ありがとう!」


105号室まで猛ダッシュ!階段を登ったらすぐの部屋だった。俺はノックもせずに思いっきりドアを開けた。


部屋の中は蘭1人だけだった。俺を見るなり、驚いた表情を見せ、


「なんで…?」


と一言。


「お前の母ちゃんに聞いたんだ、ここにいるって。身体の事も聞いた」


蘭はうつむく。


「なんで言ってくれなかったんだ?」


「…ごめん。私ね、実は友達出来たことなかったんだ。病弱だったから、学校に中々行けなくて。そんな時に、あなたに出会った。晴琉くんの話は毎日本当に楽しくて。でも身体が弱い事知ったら、晴琉くんが離れていくんじゃないかって、ずっと怖かったの。だから、晴琉くんが離れていく前に、私から離れようと思って…」


「馬鹿野郎!」


俺は蘭の話を遮った。


「お前だけじゃねぇんだ!俺もなんだ!俺も蘭と話してると、救われた気持ちになるんだ。だから、毎日お見舞いに来させてくれ!一生のお願いだ」


俺は蘭をじっと見つめた。涙ぐんでる。コイツはそんなに大変な想いを抱えて生きていたのか。俺の友達を紹介させてくれなかったのは、きっと人が離れていく寂しさから逃げるためだったんだろうな。


「これからもっと、いつもの武勇伝聞かせてくれる?」


「あぁ、もちろん。今日もとっておきの用意してあっからよ、話していいか?」


蘭は、『へへっ』と嬉しそうに笑った。


「うん、聞かせて?」


それから毎日、俺は退院するまで蘭のもとへ見舞いに行った。

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