第16話 前日バレンタイン

「明日、バレンタインじゃね?」


昼休みに夏樹がいきなりそんな事を言い出した。


「おぉー!そういえば!でもよ、中学生になったら、チョコ貰える数が一気に減るらしいぞ」


健も夏樹の話に乗っかる。


「なんでだよ」


俺も気になったから思わず聞いてしまった。


「馬鹿野郎、小学生の頃ってのは、親が自分のママ友の子どもに渡すように仕向けたりすんだよ。俺の姉ちゃんもそうだった。それでチョコ貰える確率は上がる。けど、それは中学生までだ。中学生になったら、女子はチョコ渡す人くらい自分で決めたくなるもんなんだよ」


「そういうもんなのか」


確かに、小学生の頃は沢山チョコ配ってる奴もいたな。ちなみに俺はというと世奈と沙耶、クラスメイトの女の子1人からは毎年貰ってた。確かに、沙耶以外は家族ぐるみで付き合いがある。今年は3人とも、好きな人に渡すのか?


でも、今はバレンタインに全然興味が湧かない。別にカッコつけてるわけじゃないよ?


今は、もう一度足が速くなるために毎日必死だから、正直バレンタインが貰えるかどうかなんてどうだっていいんだ。




——授業が終わり、俺は駆け足で部活動へ向かう。今日も出来るだけ長く、速く走る!ただそれだけだ。


下駄箱を勢いよく開けたら、小洒落た封筒が1枚入っていた。なんだ?開けて早速中身を確認する。



——明日、部活動が終わったら、松葉公園に来てください——


なっ!これはまさか…。俺は周りを見回した。よし、誰もいない。俺は手紙をカバンにこっそりとしまった。


それにしても、誰だ?まぁ、予想がつくのは1人だけど…。



グラウンドには最近ずっと1番乗り。今回も1番最初に入って1周でも多くグラウンド走ろうと思ったら、1人先客がいやがる。誰だ?


「あ、きたきた。晴琉、ちょっとこっち来て」


沙耶だった。俺の手を引っ張り、グラウンド隣接の倉庫の裏に連れていく。


「晴琉、まだバレンタインもらってないよね?」


「まぁ、明日だからな」


「これ、もらってくれる?」


沙耶はカバンから可愛らしい小包を取り出した。


「え、チョコか?」


「そ。私が1番に渡したくて。晴琉はいくつかもらうだろうから」


「おぉ!さんきゅ!」


と礼を言ってカバンにしまおうとした時、俺は少しおかしな事に気付いた。下駄箱に入っていた手紙は、てっきり沙耶が書いたもんだと思っていた。沙耶がチョコくれるから呼び出したんだって。でも、もうチョコは貰っちまった。


てことはあの手紙は、沙耶以外の誰か?


「どしたの?」


「い、いやなんでもねぇよ!?」


「変なの。まぁいいや、そろそろ皆来るから、いこ?」


沙耶はまた俺の手を引っ張る。コイツは男の手を握る事に抵抗はないのか。



グラウンドに戻るとすぐに練習が始まる。俺は今日の練習もかなり追い込んだ。毎日グラウンドに1番に顔出して、必死こいて練習してるからかはわからねぇけど、最近は陸上部の奴らも話しかけてくれるようになった。あとは結果で示すだけだな。とはいえ、まだまだ体は思い通りに動かない。試合まで時間はあるから、春の記録会までじっくり体を作るぜ。


いつも通り一生懸命やってはいたけど、あの手紙をくれた奴の正体が誰なのか気になって、心はここにあらずといった感じだった。余計な雑念だったかもな。



帰り道、いつも通り世奈と帰ったけど、世奈も特に変わった様子はない。まぁ世奈は俺に手紙を渡すような周りくどいことはしないからな。


「どうしたの?私の顔じっと見て」


「い、いや、なんでもねぇよ!」


「どーせやらしい事でも考えてたんでしょー?」


「かっ…考えてねぇよ!」


「ふぅーん。…ねぇ晴琉、沙耶からバレンタインもらった?」


「なんでそれを知ってんだ!」


「友達なんだから、私が知っててもおかしくないでしょ?沙耶、めっちゃ緊張してたんだから。かわいいよね」


ふふっと世奈は笑う。そうだったのか、その割にはえらく大胆な行動だったけどな。


「じゃあこれ、本命って事か?」


「呆れた。デートもして、キスまでしたのに、このバレンタインが本命かどうかもわからないんだ?」


「おまっ…なんでキスの事まで!?」


「あっ…、まぁ沙耶とは友達だし、そういう話もするんじゃん?」


くっそ、アイツなんでも喋りやがる。沙耶と俺の関係は世奈には全部筒抜けだと思っておいた方が良さそうだな。


「まじかよ、言っとくけどあれは沙耶の方から無理矢理…」


「嬉しかった?」


「あ?」

 

「沙耶とファーストキスできて、嬉しかった?」


世奈の笑顔は、なぜかいつもの笑顔とは違って見えた。


「別に。そもそもあれがキスだったかどうかも、目瞑ってたからよくわからなかったよ。…それに、俺のファーストキスは沙耶じゃねぇし」


世奈の家の前にたどり着く。世奈は少し目を丸くして


「そっ」


とだけ返事をして家に帰っていった。


そう、俺のファーストキスは沙耶じゃない。相手は…



帰ってからもう1度手紙を見る。手紙の相手は沙耶じゃなかった。


そして松葉公園。学校の近くの瑞穂公園じゃなく、わざわざここを指定してくるって事は…


まさかな。


手紙の事を考えてたら沙耶のチョコレート食べるの忘れてた。

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