第14話 リスタート

「あれ、もう起きてる。どうしたの?」


世奈が嬉しそうに聞いてくる。ちょっと恥ずかしい。久しぶりの学校だから、緊張して早く目覚めてしまったなんて絶対言いたくない。


「いや、学校…行こうと思ってよ」


「…そっか!じゃあ支度して一緒に行こ!」


俺は世奈と一緒に学校に向かった。この感じ…懐かしささえ感じる。無理もない、2ヶ月半ぶりの学校だ。最後の登校時より皆厚着して、マフラーや手袋付けてる。なんか変な感じ。


教室の前まで来たら、なんだか緊張感が増してきた。


「や、やっぱ帰る」


帰ろうとする俺の腕を世奈が引っ張る。


「大丈夫だって!始業のチャイム鳴るまで私が着いててあげるから。ほら、延藤くん達ももう来てるよ!」


「お、おい引っ張るなよ!」


半ば強引に教室の中へ。教室内にいる奴らの視線が俺へと集まる。一瞬の沈黙。皆の視線は冷たいものだった。


けっ。やっぱ俺の事警戒してやがる。暴力事件起こした奴なんざ、お呼びじゃねえ。


けど、その中で一際キラキラした視線を向けてくる奴が2人。そいつらがこの沈黙を切り裂く様に叫ぶ。


「晴琉!ひっさしぶりだな〜!お前、ちょっと肌白くなったんじゃねえか?若干太った気もするな」


健がマジマジと俺を観察し出した。


「そりゃ引きこもってりゃ白くもなるし太るだろうよ!今なら俺の方が足速いかもな!」


夏樹も俺の事をいじり倒してくる。


「お前ら…デリカシー無さ過ぎだろ!」


本当はこれくらいで話してくれるコイツらに死ぬほど感謝してる。おかげで気持ちが一気に軽くなった。


「私がいなくても大丈夫そうだね」


世奈が安堵の表情を浮かべる。


「あぁ、ありがとな世奈。もう大丈夫だ」


世奈は自分のクラスに戻っていった。俺は健と夏樹に連れられて自分の席へ向かう。


健や夏樹、世奈のおかげで、その日の授業はクラスに馴染めていた。でももうひとつ、ちゃんとケジメをつけなきゃいけない場所がある。


授業が終わってから俺は多少の緊張を感じながら、その場所へ向かう。今度は健や夏樹の力は借りることができない場所。


「晴琉、心の準備はいいな?」


「はい、もう準備できてます」


先生の問いかけに、俺は柄にもなく敬語で返事した。こういう時は謙虚に、スマートに、簡潔に、だ!


「皆集合!」


先生が号令をかけた。皆俺の方をチラチラ見ながら、俺と先生の周りを囲む。


「全国大会の暴力事件は記憶に新しいと思うが、事件を起こしてしまった晴琉が今日、久々に学校に来てくれた。晴琉自身、自分が起こした事件について深く反省し、もう1度競技と向き合う覚悟を決めたようだ。少し早いが校長にも許可をもらい、今日から部活動にも参加してもらう。晴琉、皆に一言言えるか?」


俺は一回、深く息を吐いた。試合より緊張する。


「皆ごめん!この事件のせいで、陸上部の皆に迷惑かけた事、本当に申し訳ないと思ってる。皆の信頼を取り戻せる様にもう1度頑張るから、俺にチャンスをください。もう1度、走らせてください。よろしくお願いします!!」


これだけ深々と頭を下げたのは生まれて初めてだ。とてもじゃねぇが、皆の視線に顔を向ける勇気はねぇ。


頼む皆…もう1度走りたいんだ…。


誰も返事してくれない。奥の方でヒソヒソ話す声も聞こえた。やっぱ俺の事なんざ、お呼びじゃねえか。


「おかえりなさい。また一緒に頑張ろ!」


俺にとって1番馴染みのある声。顔を上げたら、俺の前に世奈が立っていた。


「ほんと、これ以上問題起こすのだけは勘弁してよ?」


沙耶も世奈に続いて俺に声をかけてくれた。周囲を見渡すと、笑顔をこっちに向けてくれる人や、2人に続いて声をかけてくれる人も何人かいる。


そうだ、今はこれでいい。ここから少しずつ、練習に取り組む姿勢で皆に部員として認めてもらおう。


「よし、異論はないな!じゃあ各自練習に移ってくれ!」


監督が号令をかけ、選手がそれぞれの練習へ向かう。


「晴琉、何してる?お前は長距離だろ」


「は、はい!」


俺は長距離の奴らと練習に向かった。そういえば人数が少なくなってる。どうやら俺がいない間に、3年生が引退したらしい。今は俺を含めて5人。


俺はグラウンドの周りを走る集団の最後尾に付いた。1番先頭を走っていた陸が、俺が一緒に走ってることに気付き、後ろに下がってきた。


「どのツラ下げて戻ってきた?」


俺と並走しながら話す陸の目は血走っていた。


「陸、お前には本当にわりぃと思ってる。俺の自覚が足りなか…」


話してる途中で陸が俺の胸ぐらをグワッと掴んだ。強引に立ち止まらされる。


「自覚?足りねぇよ、足りねぇに決まってんだろ。県で1番になるって事がどんな事か、わかってねぇんだよ、お前は。代表で行ってんだぞ。県大会でお前の後ろを走ってた奴らの全国にかけた想いはどうなる?この先の進路だって変わるんだぞ。お前は俺達全員の想いを踏みにじったんだよ」


陸の怒号に気付いた部員達がざわつき始める。俺も陸のこんな感情的な姿を初めて見た。


「お前なんかに1度でも負けた自分に腹が立つ。次はお前を絶対に叩きのめしてやる。皆が認めても、俺は一生お前を部員として認めないからな」


陸は俺の胸ぐらから手を離し、再び走り出した。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎

(世奈)


やっぱり陸はまだ怒ってたか。そうだよね…。花火大会でフラれた時、陸の夢について教えてくれた時の事を思い出す。


(全国で1番になりたいんだ。そして名門・真城高校にスカウトしてもらって、入学したい。けど、今の俺じゃこの目標には届かない。恋愛なんてしてたら、届かないんだよ)




「晴琉、今日は先に帰ってて!私、国語の先生に今日の授業で聞きたい事あったから」


と適当なウソをついて、私は陸のところに向かった。晴琉のフォローもしてあげるべきだけど、ごめんね晴琉。


「陸!」


友達と一緒に帰る陸を遠くから呼び止める。陸も何か悟ったのか、友達に先に帰る様に告げて私のところに歩いてきた。


「どうした?」


「ちょっとだけ、話聞いてもらってもいいかな?」


私達は近くの公園で話す事にした。ベンチはなんだかフラれた日の事を思い出して気が引けたので、ブランコに腰掛けて話す様、陸を誘導する。


「で、話って何?」


陸はいつもストレート。私も単刀直入に話を切り出す。


「晴琉の事なんだけど…。今日、喧嘩してたじゃん?でも晴琉、凄く反省してて…私達もそろそろ許してあげてもいいのかなーって…」


恐る恐る陸の表情を見ながら話す。


「あぁ、その事な。俺も一生部員として認めないとは言ったけど、言い過ぎたなって思ってるよ。自分の夢をアイツに踏みにじられた様な気がして、つい怒鳴っちまった。負けたのは俺なのにな」


そう言って陸は笑った。顔が少し強張ってる。


「私も陸の夢の話を少し聞いてたから、陸がそうなるのもわかるっていうか…でもね、晴琉は陸に合わせる顔がないってずっと悩んでたんだ。学校行こって誘いに行くといつも言ってた。だから、晴琉も自分だけ全国大会へ行くって事がどんな事か、全くわかってないわけじゃないんだよ。それだけはわかってあげてね」


「そっか、あいつそんな事…」


「陸にはそれだけ伝えたかった。付き合わせてごめんね!帰ろっか!」


そう言って立ち上がろうとした時だった。


「世奈、ひとつ聞いていいか?」


「何?」


「ずっと思ってたけど、どうして晴琉のためにそこまでしてやれるんだ?2人の関係って普通の幼馴染の域を超えてる気がするけど」


「んー、なんでだろうね。なんかほっとけないんだ。晴琉はいつも危なっかしくて…」


「ほんとに、それだけ?」


少しだけ、私は沈黙した。なんか陸には心を見透かされてる様な気がして。


「やだなー、ほんとにそれだけだよ」


私は笑って誤魔化しきる作戦に出た。


「そっか。じゃあ、話に付き合ってあげた代わりに、俺も少し頼み事あんだけど」 


「何?」


「今度、姉貴の誕生日なんだ。20歳の。成人した時くらいいいもの買ってやりたくてさ。つっても親から毎月もらってる小遣いでなんだけど。俺、女が喜ぶものがわからないから、世奈にプレゼント選び付き合ってほしいんだ」


「へぇ、お姉さんとそんなに歳離れてたんだ〜。いいよ、今週の日曜とかでもいい?」


「あぁ、じゃあ日曜の10時に駅前集合で!」



帰り道、陸と別れて1人で歩いている時、私は思った。


これ、もしかしてデート?





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