第13話 仲間の声
(世奈)
3ヶ月間の部活動禁止。
晴琉に下った処分は比較的軽いものだった。高虎が私に手を出してきたのを庇っての行動だったとして、校長もそれを考慮してくれた。
だけど晴琉は全国大会のスタートラインにすら立てず、その後『中学生が全国大会で暴力事件を起こした』として新聞やニュースにも取り上げられた。中学生の取材にきていた記者の目に止まり、取り上げられる事になってしまったみたい。晴琉は学校にも顔を出さなくなった。
私も毎日、学校に行く前に晴琉の家に寄っていく事にしてるんだけど…。
「わりぃ、今日も休むわ」
かれこれ2ヶ月半、この繰り返し。もうすぐ部活動禁止の期間も終わるけど、晴琉の様子はずっと変わらない。
「晴琉、もうそろそろ学校行かない?延藤くんや菅田くんが心配してたよ?あと、沙耶も…。学校に行けなくても、皆と少し顔合わせるだけでもいいし…そうだ、私が家に連れてこよっか?」
「絶対にやめてくれ。俺はアイツらに会いたくない」
この提案は3度目だけど、いつもキツイ口調で同じ答えが返ってくる。
「…わかった」
私は渋々、晴琉の家を後にした。
学校に到着すると、一眼目が始まる前にいつも延藤くんが私のところへやってくる。
「今日の晴琉、どうだった?少しは元気になったか?」
「ダメ。今日も学校来れないって」
毎日晴琉の事を心配してくれるのはありがたいけど、いつも同じ答えしか返せないのが辛い。延藤くんは「そうか…」と言って寂しげな背中を見せながら自分のクラスへ戻っていく。
陸はというと、晴琉に対して相当怒っていた。それもそうだよね。全国大会をかけて死に物狂いで戦って負けた相手が、暴力事件起こしてスタートラインにすら立てないなんて。とても陸には晴琉の話は出来なかった。
沙耶も時々LINEで連絡してるみたいだけど、全部未読スルーされるって言ってた。いつもは積極的に行動する沙耶も、流石に家に押しかけようとはしない。
晴琉の事が新聞やニュースで流れた時、確かに周りでは晴琉を軽蔑する声や誹謗中傷も飛び交ってたけど、今は皆その話題にも飽きて、いつもの日常に戻ってる。
今なら晴琉が戻ってきても、皆受け入れてくれるはず。何かできることはないかな。
「出来る事ねぇ…でも晴琉は俺達に会いたくないんだろ?会えない、連絡できない、その状況で出来ることってなんだろうな」
菅田くんは座ってる椅子をギシギシ傾けながら天井を見上げた。
「やっぱ無理矢理にでも家に押し掛けた方がいいんじゃねぇの?会ったらアイツの気持ちも変わるかもしれねぇし」
延藤くんは強行突破作戦か。確かに晴琉の気持ちは直接会う事で変わるかもしれない。私も直接顔を合わせるのには賛成だ。
「そうだね…、晴琉には絶対に連れてくるなって言われてるけど、1回試しに行ってみよっか」
私達は放課後3人で晴琉の家に向かった。
インターホンを押しても反応がない。家のドアには鍵がかかってた。朝は晴琉のお父さんが鍵開けといてくれるから入れるけど、多分晴琉が起きてから鍵を閉めてるんだろうな。
こうなったら…
私は2階にある晴琉の部屋側の窓の下に回り込んだ。
「晴琉ー!いるんでしょー!?」
私は部屋の窓に呼びかける。窓はカーテンで締め切られていた。もう1度…
「晴琉ー!今日は菅田くんと延藤くんも来てくれたよー!ちょっとだけ話そうよ!」
一向に窓が開く気配がない。やっぱりダメか…。その時、私の隣で延藤くんが晴琉に向かって叫び出した。
「晴琉ー!浜川には止められたけど、久しぶりにお前に会いたくて来ちまったよ、ごめんな!でも無理すんな!お前には会いたいけど、今は俺達の声が届いてればそれでいい!色々あったけどよ、頑張って乗り越えようぜ!お前が学校に来たその時は、俺達がお前のそばにいてやるからよ!」
延藤くん…。
「そうだぞ晴琉!俺達はずっと待ってる!お前がいなくて、毎日寂しいんだ俺達!大丈夫、俺達はずっとお前の味方だ!もし学校の奴らがお前に心無い言葉を浴びせて来ても、俺達が守ってやるよ!」
菅田くんも…。晴琉はなんていい友達を持ったんだろう。2人とも、本当にありがとう。
「じゃあ今日は帰るわ!また来るから覚悟しとけよ!」
延藤くんが最後にそう締めて、今日のところは帰ることにした。晴琉に少しは私達の気持ちが届いていればいいな。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
(晴琉)
あいつら…やっぱり来やがったか。玄関の鍵、閉めといてよかった。こんな涙でぐちゃぐちゃになった顔なんて見られたら、笑われるに決まってる。
明日、また世奈は起こしに来てくれるかな。もし世奈が来てくれたら、次は一緒に学校に行くって言えそうだ。
アイツらが帰ってから、俺は気晴らしに散歩に行く事にした。ずっと外に出てなかったから、ちょっとでも外に出る事に慣れておかないと。
上着を着込んで、靴箱に置いてあるスニーカーに手を伸ばす。
ふと靴箱のひとつ下の段に視線が移る。全国大会で履く予定だった新品のランニングシューズがそこにあった。
走りたい。
気付いたら俺はスニーカーを靴箱に戻し、ジャージに着替え、ランニングシューズを履いていた。早く走り出したくて、無我夢中で靴紐を結ぶ。
靴を履いたら、すぐに玄関を飛び出した。走り出した途端、自分の体が鉛の様に重く、思い通りに動かない事に気付く。いつも以上に息が荒れる。ちょっとした坂道で足がもつれる。気付かないうちに、俺の体は相当鈍っていた。
なんだこの体は。酷いもんだぜ。
でも足裏に伝わる地面の感覚が、凄く懐かしくて嬉しくてしょうがない。一歩一歩噛み締める様に走った。世奈に気に入られたくて始めた陸上だけど、自分でも気づかないうちに走る事が好きになっていたみたいだ。
また強くなって、あの広い競技場で戦いたい。世奈のためじゃなく、自分のために走りたい。結果を追い求めて。今はそんな気持ちの方が強い。
俺は体力の限界まで走った。けど、いつもの自主練コースの半分も走ってないところで力尽きちまった。2ヶ月半も外に出てなかったんだ、そりゃそうだよな。
近くの河川敷の芝に大の字になって寝転ぶ。白い息が冬の夕焼けに消えていった。こんなに前向きな気持ちになれたのはいつぶりだろう。
「待ってろ学校!」
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