第4話 夏合宿開始

「えー、明日から夏休みに入る。くれぐれも羽目を外しすぎない様に!」


担任の先生はそう言い残して教室を出た。


夏休みかー。って言っても、私達は9月の県大会に向けて練習漬けの毎日。日曜とお盆前後の1週間を除けば、毎日練習が入ってた。


「夏休みって毎年こんな感じなの〜?もっと友達とどっか出掛けたりしたいよぉ…」


沙耶が嘆く。


「しょうがないよ。うちは今年、県内でも結構レベル高いみたいだし」


「長距離の陸にハードルの世奈、砲丸の石田先輩は全国レベル。他に県大会で入賞できそうなのもちらほらいるから、そりゃ〜先生が張り切るのもわかるけどさぁ〜」


「でもほら、基本は午前中だけなんだし、午後からどっか行こうよ、ね?」


「果たしてそんな体力が残ってるんですかね〜」


「そ、それは…わからないけど…」


「ま〜いいや!お互い失恋した者同士、今年の夏は腹くくって部活に打ち込みますかぁ!」


全然聞いてなかったけど、沙耶も知らないうちに失恋してたみたい。


失恋した者同士…そうか、私も失恋したんだ。


あれから陸との会話は挨拶くらい。


でも陸と話さなくても、意外に自分を保つことはできた。


そもそも今までもそんなに話す機会なんてなかったから、影響ないといえばないんだ。


あれだけ陸に寄せていた好意も、今はなんだか落ち着いてた。


それを沙耶に相談してみると


「中学1年の恋愛なんてそんなもんでしょ」


と素っ気ない返事が返ってきた。


「そうなの?」


「私のお姉ちゃんが言ってた。中1の時の好きな人なんて、恋愛の疑似体験に過ぎないんだよって」


「私達は本当の意味で恋愛してないって事?」


「そうゆうこと。でも、そんな幼い私達でも本当に好きな人を見つけ出すコツはある」


「なになに?」


「パッと思い浮かぶ男子を心の中にリストアップして、1人ずつ、そばにいなくなった時の事を考えるの。その時、心に最も大きな穴が空く人、その人は好きな人である可能性が高い」


「パッと思い浮かぶ男子…」


「そう。普通は一緒にいる時の事を考えるじゃん?でも『本当に好きな人は失ってから気付くもの』なんだって。だからその状況を頭の中で作り出して、自分の気持ちの変化を確認するの」


私がすぐに思い付く男子。

そんなの限られてる。でもそれって、沙耶の言うことが本当なら…


その時、教室の扉が勢いよく開いた。


「おい世奈!来週から俺達合宿だったのか!?」


晴琉だった。


「先生、結構前の練習後に言ってたでしょ?毎年夏休みに入ったら1週間合宿やるって」


まったく、晴琉は先生の話全く聞かないんだから。


「出発当日は朝早いから、自分で起きてよね!」


「てか、晴琉。あんた大丈夫なの?」


沙耶が急に真面目な顔になって話し出した。


「花火大会の時に、薫ちゃんを置いてけぼりにしたんでしょ?薫ちゃんのグループの女の子達が随分怒ってたけど」


「そ、そうだった…」


急に晴琉の顔が曇り出した。


花火大会の時って、私と会う前?薫ちゃんとデートしてたのかな?薫ちゃんを置いて、こっちに来たって事?


私は少し心がざわつき出してるのを感じた。


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢

合宿初日


出発当日。


心配で家に来てみたら、晴琉はやっぱり寝てたから、いつも通り起こして2人で学校へ向かった。


最近、夏休み前に沙耶が言った事が頭に残ってる。


(『本当に好きな人は失ってから気付くもの』なんだって)


私は横目で晴琉を見た。まさかね。


学校に着いたら、大きなバスが一台止まってた。どうやらこれに乗って合宿地へ移動するみたい。


皆もうバスの中。


「晴琉、急いで!」


バスの席は2つしか空いてなかった。ひとつは沙耶の隣の席。私のために空けてくれてたんだと思う。


もうひと席は私達の席の前が空いてたけど…


「なんでお前の隣に座らなきゃいけねぇんだよ」


晴琉が急に不機嫌になる。陸が窓際に座ってたから。


「それはこっちのセリフだよ」


少し嫌な空気が漂う。


「まあまあ…あ、そうだ!このバス4人席にできるみたいだし、陸達の席向かい合わせにして、4人でトランプでもしようよ!」


「ちょっと沙耶、流石にそれはちょっと」


耳元で沙耶に話すと


「大丈夫。あんたもずっと陸と気まずいの、やり辛いでしょ?私が上手く会話回してあげるから」


ということで、これ以上ないくらい気不味いババ抜きが始まった。


「ただババ抜きやるだけじゃつまらないから、1番勝率の高い人が1番負けた人に、この合宿中で何かひとつ命令出来るってルールはどう?」


「おもしれぇ」


「まぁ別にいいよ」


えー…沙耶ってば、絶対何か企んでる…


でも、思った以上にトランプは白熱して、最初の気不味い空気はどこかへ消えた。

到着までの1時間半があっという間だった。


勝者は圧倒的な勝率で沙耶。元々勘が鋭いところがあるから、ババ抜き得意なのかな。


ドベは晴琉。晴琉はなんとなく弱そうだとは思ったけど、私じゃなかったから少し安心。ドベになったら、沙耶にどんな命令されるか…。


でもトランプやってよかった。


トランプしてる間、気付けば自然と陸と会話できてたから。


「沙耶、ありがとね」


バスを降りて宿舎に向かう途中で沙耶にお礼を言う。


「これからはいつも通り話せそうだね。また好きになっちゃうんじゃない?」


「それは…どうなんだろね」


「ま、よかったじゃん。これでまた陸とどういう関係になりたいのか、再確認できるんだし」


私達は宿舎に荷物を置いて、グラウンドに向かった。








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