第5話 焦り

【晴琉】


いよいよ合宿も中盤。


毎日キツい練習ばっかだから体のダメージはかなりきてる。でもその筋肉痛すら心地いい。


何故かって?


ここ数週間で、オレ確実に強くなってんのよ。まだ練習で陸にちぎられるけど、着いていける距離がグングン伸びてきた。


もう少しで勝てる。絶対。


世奈に振り向いて欲しくて始めた陸上だけど、いつの間にか走るのが凄く好きになってた。


対する陸はというと、かなり伸び悩んでる。


スランプってやつか?


まあいい。そうやって足踏みしてる間に追い付いて、9月の県大会で必ず俺が勝つ。


「今日は練習の成果を確認するために、1000メートルのタイムトライアルをする。各自アップを済ませて1時間後にスタートラインに集合だ」


そう言って先生はハードル組を見に行った。タイムトライアルってのは全力で走るって事だ。実践的な練習になる。


県大会なんて待つ必要ないか。ここで陸を叩きのめそう。


タイムトライアルは盛り上がる。何せ試合みたいに皆抜きつ抜かれつを繰り返して自己ベストタイムを目指すもんだから、見応えがあるんだ。


まあ陸はいつも独走なんだけど。


先生もその日の練習のトリに持ってきて、先に練習を終えた皆と応援してくれる。



アップの途中、陸と何度も目が合った。


もしかしたらあいつがこっち見てんのか?俺に負けるかもって焦ってんのかもな。


アップを終えてスタートラインに並んだ。


奥の砂場で沙耶が走り幅跳びの練習を終えてこっちに向かってきてるのが見える。


そういやあいつ、合宿中に俺に1つ命令できるんだっけか?


いや、今そんな事はどうだっていい。集中だ。


先生が笛を吹いた瞬間、皆一斉に走り出した。


長距離組は全員で8人いる。最初の200メートルは皆勢いよくダッシュするからあまり変わらないけど、そこから先は実力差が出る。


俺と陸はそこから抜け出した。前に陸、後ろに俺だ。


俺はいつも陸の動きを見ながら走ってる。今日はいつもの動きじゃない、キツそうなのが後ろから見ててもわかる。


俺は陸の前に出た事がない。先頭の景色を見た事がない。


でも、ここだ。体がそう言ってる。


俺は前に出た。600メートル。あとトラック1周。


一瞬、世奈が視界に入った。心配そうに俺と陸を見てる。


(恋愛なんてしてたら、届かないんだよ)


花火大会の時、陸が世奈に言い放った言葉を思い出した。


陸の野郎、嘘ついてんじゃねーよ。


今、猛烈に力がみなぎってくるわ。


誰が何と言おうと、俺は世奈が好きなおかげで、強くなれてんだ。


ラスト100メートル。まだ先頭。あと少し、あと少しで…


けど、ラスト50メートルで陸に並ばれて、引き離された。


「陸、2分50秒9!晴琉、2分52秒1!晴琉は自己ベスト更新!みんな拍手!」


流石にまだ勝てなかった。


でも、差は1秒ちょっと。確実に陸を射程圏内に捉えたぜ。


皆の声が聞こえる。俺を讃える声だ。


そりゃそうだよな、県で1、2を争うレベルの陸にあと少しで勝てそうだったんだから。


俺は応援ギャラリーの中にいる世奈を見た。こっち見てはいるけど、俺と陸、どっち見てんだろうな。


「恋愛してたら目標に届かないって?俺はそうは思わないけどな。…次は勝つ」


陸にそう言い残して、俺はクールダウンに向かった。


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎

【世奈】


晴琉、すごい。どんどん速くなってる。まさか陸をここまで追い詰めるなんて、陸上始めた時には考えもしなかった。


「晴琉って最近、どんどんカッコよくなってきてるよね」


沙耶がボソッと言った言葉に、私の心が一瞬ざわついた。。


まさか沙耶、晴琉の事を…


「そ、そうだね…」


私はまた晴琉に視線を向ける。


確かに、最近背が私と同じくらいになったし、声変わりして男らしい声になってきた。どうやら薫ちゃんも晴琉の事を気になってたみたいだし、女子から人気あるのかな?


私は続いて陸に視線を向けた。陸は晴琉に何か言われたらしい。去っていく晴琉の背中をずっと見てた。


陸…。




その夜、陸は食事の時間になっても食堂に現れなかった。でも、いる場所に心当たりならある。


「私、ちょっと探してくる!」


沙耶にそう告げて私が向かった先はグラウンド。やっぱり陸は走ってた。


「陸!もう夕食の時間だよ!」


「もう少し…練習したい…」


吐息混じりに陸が言った。私は陸の前に立ちはだかった。陸は驚いて足を止める。


「もう少しって…午後練習終わってからずっと走ってるでしょ?ダメだよ!ケガしちゃう!」


「でもこのままじゃ…」


「わかってる!でも今怪我したら、下手したら県大会に出られなくなるよ?それでもいいの?」


陸は黙り込んだ。


「少し、そこのベンチに座ろ?気持ちが落ち着くかもしれないし」


私と陸はベンチに座った。ちょっと花火大会を思い出す。


「不安なんだ」


陸が唐突に話し出した。


「ここ最近、俺は何ひとつ成長できてない。後ろから晴琉が迫ってきてるのもわかるし、県内の連中もどんどん力を付けてるはず。なのに…」


「ねぇ、陸は何のために長距離始めたの?」


「それは…走る度に記録が伸びていくのが嬉しくて…努力した分だけ速くなるのが楽しかった」


「だったら、その原点に戻ればいいと思うんだ。今の陸は自分の記録より、誰かに負けるのを恐れて走ってる様に見えるの。周りなんて関係ない、ただ陸が今より速く走れる様になる事を考えればいいんじゃないかな?」


陸は一瞬、目を丸くして私を見た。


「あ、ごめん!余計なお世話だったよね?私ったら上から目線でもの言っちゃって…」


「いや」


その時、陸は今まで見たことない笑顔を私に見せた。


「世奈、ありがとう!なんか俺、前みたいに陸上を楽しめそうだよ」


「あ、うん…どういたしまして。じ、じゃあ、行こっか!ご飯冷めちゃうし…」


と立ち上がろうとした私の右手を、陸の左手が握った。


「え、陸…?」


「もう少しだけ、このままでいていいか?」


その瞬間、私は自分の体温が急激に熱くなるのを感じた。でも、陸の手はもっと熱かった。


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢

【晴琉】


「世奈いないみたいだけど、飯の時間間違えてんのか?」


俺は沙耶に聞いた。


「あぁ、陸がいないって言ったら探しにいくって出て行ったよ。そろそろ帰ってくると思うけど」


それを聞いた瞬間、胸がキュッと締め付けられる感じがした。急がねぇと。


「そ、そーなのか!…あ、ちょっと俺トイレ行きたくなったから先に皆で食べててくれー」 


と言い残して立ち去ろうとしたけど


「私もトイレ」


と沙耶が着いてきた。くそっ、また撒くのに失敗したぜ。


沙耶がトイレに入ったのを確認し、俺はすぐに男子トイレを出た。これでよし。


「どこいくの?」


背後から沙耶の声。なんでだ?女子トイレに入ってまだ10秒もたってないってのに。


「いや、その…なんだ…」


言い訳が思い付かん。


「また世奈と陸のところに行くの?」


「そ、そんなんじゃねぇよ!…ん?また?」


なんだその口ぶり。まるで俺が花火大会の時にあの2人を尾行してたのを知ってるかの様な…まさかあの2人のどっちかが喋ったか?


「私、偶然見ちゃったんだ。晴琉が世奈と陸を尾行してたの」


やべぇ、完全に俺は今テンパってる。沙耶にあの日の事を知られてただと?


「好きなの?世奈のこと」


俺は生唾をゴクリと飲み込んだ。


「な、なに言ってんだよ。そんなわけねぇじゃん。たまたま2人を見つけて、なんか面白そうだなーと思って見てただけだよ」


「薫ちゃんを置いてけぼりにしてまで?」


「こ、好奇心でつい、な!光永には悪りぃと思ってるよ!ちゃんと謝ったし…」


誰にも知られたくない。今この気持ちを世奈に知られたらどうなるよ?付き合うどころか、心地良い今の関係すら保てなくなるに決まってる。


「ふぅーん」


沙耶が俺の目をじーっと見つめる。ダメだ、冷静さを保てん。


「じゃあ、ここで使うとするかな!トランプで勝ち取った、命令できる権利」


「いきなり?それも今か…!?」


「そう、今。んーとね、じゃあ10秒間目を閉じてて」


「なんだ、そんな簡単な事か。10秒な」


10秒くらいなら問題ない。俺は目を閉じてる間もこの状況を打破する方法を考え続けた。もはや一刻の猶予も許されない。


その時、俺の唇に柔らかいものがフワッと触れた。


「えっ?今のって…」


「あ、10秒経ってないのに目を開けたなー?じゃあ罰として、合宿から帰ってからもう一回、命令できる権利ちょうだい」


「…はぁ?何言ってんだ!」


「約束守れなかったんだから当然でしょ?」


「ぐっ…わかった。1つだけな。つーか今の…、どういう事だよ」


「どういう事って、そのままの意味だけど。さ、食堂に戻ろ?」


まずい。今、俺は完全に思考が停止してる。

色々わけがわからん。


今、ここを飛び出して世奈と陸を探しに行けばどうなる?ダメだ。ただでさえ勘繰られてるのに、それじゃ俺が世奈を好きと認めるようなもんだ。


つーか今の、キスだよな?俺の勘違いじゃなければ。沙耶は俺の事が好きだったのか?


とにかく、今は行動を起こせば確実に墓穴を掘る事になりそうだ。大人しく食堂へ戻ろう。













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