第3話 花火大会

くっそ。


全然来ねーじゃねーかよ。


今日は花火大会。


かれこれ待ち合わせ時間から15分過ぎようとしている。


誰を待ってるかって?


そりゃーお前…


「おーい、わりーな!待ったかよ!」


少し先から2人の男。やっと来やがった。

こいつらはクラスメイトの延藤健のぶとう けん菅田夏樹すだ なつき


学校ではいつもこいつらと一緒にいる。

健は小学生の頃からの仲だが、夏樹は中学になって知り合った。


別にマブダチって程でもないけど、なんとなく気が合う事が多いから、一緒にいるって感じ。


「おせーよ」


「わりぃわりぃ、健が途中腹痛ぇとか言い出してよ」


と夏樹が弁明する。


「てか、何が悲しくてお前らと花火大会に来なきゃいけないんだよ」


「いいじゃねーか、どうせ誘う女もいねーんだろ?」


健に言われて言い返そうとしたけど、やめた。


コイツらに知られたらと考えると、色々厄介だ。


誘った女ならいる。


…ただフラれただけで。


世奈のやつ、俺が誘う前に陸と約束してやがった。


あの日の朝や部活終わりに言えてたら、こんな事にはなってなかったかもしれない。


世奈は今ごろ、陸と…




「おーい、置いてくぞー!」


あいつら、待たせたくせに先に行きやがって。


陸、世奈とは鉢合わせしたくない。


けど、2人の行方が気になる気持ちもある。


だから俺はここに来てしまった。


ごちゃごちゃ考えながら屋台の間を抜けていったせいか、ベビーカステラ一袋しか買えなかったぜ。


「あとはゆったり花火が見える場所探そうぜ。

てか、あれ?向こうにいる女子、光永と城田じゃね?おーい!」


健が偶然居合わせたクラスの女子に声をかけ始めた。


夏樹は近くの芝生に手際良くブルーシートを敷き始める。



これは…チャンス!


今、あいつらは女子と2対2になれたら嬉しいはず。


俺が抜け出すには好都合だ。


「わりぃ、俺ちょっともっかい屋台見てくるわ」


「あぁ、じゃあここで待ってるぞ〜」


やっぱ、あいつら目の前の女子に気がいってやがる。よし、作戦成功だ。


とその場を立ち去ろうとしたが、すぐに俺の歩みが止まった。


振り返ると女子の片割れ、光永薫みつなが かおるが俺の袖を掴んでいたんだ。今時なショートボブに赤基調の浴衣で、俺を少し見上げてこう言った。


「私も一緒に行っていい?」


「…へ?」


ちょっと待て。これじゃ世奈を探しに行けねぇじゃねーか。


結局、言い訳が思い付かず2人で屋台を見て回る事になった。


残りの3人がついてこなかったのは不幸中の幸いだったが、なんとか光永を撒きたい。


てかそもそも俺、光永とそこまで喋った事も無いのに、2人で屋台なんぞ気まずくて回ってられるかよ。


「ねぇ、高尾くん。ちょっと歩き疲れたからあそこのベンチで少し休まない?」


気付いたら俺だけ何も買わずに結構な時間歩き回っていた。


流石に浴衣の光永にはしんどいか。


「…あ、あぁ、少し休憩するか」


ちきしょ〜、もうすぐ花火が始まっちまう。


そんな焦りからか、光永の話が全然頭に入ってこない。


「ちょっと、聞いてる?さっきから私の話、全然頭に入ってないでしょ?」


「い、いやそんな事ねぇよ」


「じゃあ私のペットの名前は?」


「…」


「ほら聞いてない!さっきから辺りをキョロキョロしてるし…もしかして、誰か人でも探してるのかな〜?」


「なっ…そんなんじゃねーよ!」


その時、少し離れたところに見覚えのある2人の姿が視界に入った。


間違いない、世奈と陸だ。


気付いた瞬間、俺は光永を置いて無意識に走り出していた。




あいつら、もうすぐ花火が始まるってのに、人気のある場所からどんどん離れてる。


どこに行く気だ?


俺は2人の少し後ろを、まるでストーカーみたいにつけていた。


2人が足を止めたのはしばらく経ってからだ。


「ほら、そこにベンチがある」


陸がボソッと喋る。


なるほどね。


そこは俺達が花火を見る予定の河川敷からは少し離れた丘の上。


人は誰1人いなかった。


ここなら誰にも邪魔されず、2人っきりで花火が見れるってか。


俺は近くの茂みに隠れるというベタな戦法で2人の会話を盗み聞きすることにした。


「陸、すごいね!こんな隠れスポット知ってるなんて」


「小さい頃から毎年、妹とここで花火見てるんだ」


「えっ?じゃあ妹さん、今年は…」


「今年は世奈と花火見るって言ったら、何故か大喜びで見送ってくれたよ。そんなに俺と見るのが退屈だったのかな?」


世奈は女の子らしくクスッと笑う。


あんな笑い方、俺の前ではしない。


「で?」


陸の表情が急に変わった。


「2人で花火大会って事は、なんか言いたい事でもあるのか?」


…こ、こいつ!!

何を言い出すかと思えば、なんてデリカシーのない男なんだ!


流石の世奈も今ので愛想が尽きただろ。

きっと怒ってこの場から立ち去ろうとするはず。


ところが世奈は顔をリンゴのように赤らめて、陸に向き直った。


「ホントは花火見てから言うつもりだったんだけど…」


まさか、世奈のやつ…


「小学5年生の時、陸上の県大会で私に傘を渡してくれたの、覚えてる?」


「…あぁ、そういえば。あれは世奈だったのか」


「そう、私。あのね、落ち着いて聞いてね…」


やめろ。


「私ね、あの時から陸の事をずっと追いかけてた。そのあと中学で同じクラス、同じ陸上部に入って陸と話す機会も増えて、確信したんだ…」


やめろ、世奈。それ以上…


「私、陸の事が好き。私と付き合って欲しい」


全身の力が抜けた。

世奈の気持ちはわかってたはずなのに、告白するかもって思ってたはずなのに、動揺が止まらない。できることなら、今にもこの茂みから飛び出して邪魔してやりたい。


「…そうか」


陸はしばらく世奈のことを見つめ、続ける。


「世奈の気持ちには気付いてたよ。だから花火大会に行けば、曖昧なこの関係を終わらせる事ができると思った」


「それってどういう…」


「世奈とは付き合えない」


その場の空気が凍り付いた。それくらい茂みに隠れてる俺でもわかる。俺はベビーカステラの紙袋を握りしめた。


「今は陸上の事にしか集中できない。全国で1番になりたいんだ。そして名門・真城高校にスカウトしてもらって、入学したい。けど、今の俺じゃこの目標には届かない。恋愛なんてしてたら、届かないんだよ」


陸はいつになく熱く語った後に立ち上がった。


「悪いな。花火は一緒に見れない」


ヤベェ!こっちに来やがる。ここにいたらバレ…


バレました。笑


陸は一瞬立ち止まって俺を睨んだけど、すぐに去っていった。


一瞬気まずかったが、それどころでは無い。


世奈の元へ行くか、こっそりその場を立ち去るか。


…ふぅ。


俺は勢いよく茂みから飛び出した。


「あー!なんかいいスポット見つけたー!ここなら花火じっくり見れそーだなー!あれ?そこにいるのは世奈さんじゃーありませんかー!偶然ですなー!いやー、偶然偶然!」


「何!?…晴琉?なんで?」


俺はさっきまで陸が座ってたベンチの左側に座った。


世奈の表情をチラッと見たら、目が涙で一杯になってた。


俺は視線を空に移し、世奈にベビーカステラを差し出す。


「偶然って言ってんじゃん。ほれ。ベビーカステラ、好きだろ」


「…ありがと」


世奈はベビーカステラを1つ取り出して、ひと口かじった。


その瞬間に声を上げて泣き出したが、俺は何も言わなかった。


ただ空を見上げて、世奈の隣にいるだけ。


世奈がフラれて安心してる自分、雑にフッて帰った陸へ怒ってる自分、世奈の悲しい顔を見たくない自分が入り混じって、何て声をかければいいか、正しい判断ができるとは思えなかったんだ。


ちょうど世奈が泣き疲れて落ち着いたところで花火が打ち上がった。


「今日は俺が一緒に花火見てやる!」


世奈は一瞬ポカンとした顔で俺を見て、それから笑い出した。


「なんであんたと一緒に花火見なきゃ行けないのよ!」


「いいだろ、1人で見るより」


「…。そうだね、ありがと。」


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