真夜中の屋上でサヨナラを

亜未田久志

だからお別れしよう


 真夜中の学校に忍び込んだ。

 ここでしか出来ない儀式があるんだと彼女は言った。

 彼女の名前は亜美。俺の名前は圭。

 俺達は付き合っていた。

 だけど。


「お別れしよう」

「どうして」


 告げられた言葉は別れだった。

 真夜中、満点の星空を眺める。

 亜美はフェンスの向こうを眺めていた。


「私、人間じゃないんだ」

「へ?」

「学校の七不思議って知ってる?」

「うん」

「その七番目が私、学校の幽霊生徒」


 俺が亜美と過ごした三年間は嘘だったとでも言うのか。

 夜に溶けそうな黒髪を垂らす彼女は語る。


「私はこの学校に巣食う怪異。化け物、人間とは結ばれない」

「俺はどうしたら」

「人間として生きなよ。私の事なんか忘れてさ」


 がらんとした真夜中の屋上に風が吹き荒ぶ。荒れる髪を押さえる亜美。亜しくて美しい。彼女は異質な存在なのだろうか。


「私はね、私の事を視える人を死に誘う怪異なんだ」

「――」


 二の句が告げない。死に向かう運命。俺をそれから遠ざけたいのだという。


「もうすぐ夜が明ける。私と別れを告げよう。そしたら君は生きられる」


 俺は、肯定出来なかった。彼女との三年間、それを忘れるなんて出来なかった。

 授業をさぼり、この屋上で他愛のない話を延々と繰り返した。

 それだけで幸せだった。彼女は博識で、俺は聞き専だった。聞き上手、だなんて言われたっけ。

 そういえば彼女を授業で見た覚えがない。どこのクラスかもしらない。

 でも恐怖心はなかった。

 俺はこう思った。


「この恋心は死に値する想いだ」

「命を賭すほどの価値があるって?」

「そう」

「君、変わってるね、そこが好きなんだけど。私は自分の怪異としての存在を確立するために、たくさんの人を殺してきた。この真夜中の屋上でね」


 飛び降り自殺事件。

 この高校で十年に一度起きる出来事。

 遠い世界のように感じていた。

 そういえば前の被害者からちょうど十年前だっけ。


「私は今日をもって死のうと思う、贖罪にはならないけれど」

「どうして?」

「君に惚れたから」


 嬉しい言葉だった。この人となら――

 空が明らんで来た。

 夜明が近い。


「私は真夜中じゃないと死ねないんだ」

「一緒に行くよ」

「君は、変わり者だ」

「よく言われる」

「知ってる」


 俺達はフェンスをよじ登り、屋上の淵に立つ。手を繋いで。一歩踏み出す。

 空へと投げ出される身体。その時、声が聞こえた気がした。


「それでもやっぱり君には生きていて欲しいな」


 俺は全治数か月の怪我を負った。

 理由は覚えていない、朝方、教師に花壇に倒れ込んでいる俺が見つかったらしい。

 大事なモノを失ったような喪失感。


 ――夜明と共に真夜中の思い出は消えてしまった。

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