一章ノ弐ノ下 佐古村

 まだ水を張ってない茶色の田んぼに点々と人影が見えた。20mほど先で貧相な服を着た白髪の人物があぐらをかいて何かを食べていた。


「あのー、すみません。」


 白髪の人は見向きもしない。


「すみませーん!」


 ちらりとこちらを向いたその人は、こちらを凝視したのちに近くにあったクワを持って勢いよく走ってきた。


「おまえはなにもんや!どっからきた?!」


「あ、すみません。僕もなんでここにいるかわからなくて。」


「そんなわけなかろうが、なんしにきよった。」


「ほんとにわからないんですよ!ここはなんて言うところですか?」


風早かざはや言うところや。知らんのか。」


「風早…?もしかして、北条ほうじょうですか?」


「北条じゃあ?ここは風早いよるやろ。」


「今は風早じゃなくて、北条って言うんですよ。松山市の北ですよね。初めて来ましたが、こんな素晴らしいところだったんですね。」


「なにを言っとるんや。松山なんか聞いたこともないわ。」


「え、そうなんですか?でも世間一般的にはそうなんですよっ。ほら、これみてください。」


 狛は、スマホを取り出して地図を開こうとする。


「珍しいものをもっとるんやのう。なんやそれは。」


「え、スマホも知らないんですか?携帯電話みたいなものですよ!」


「新しい武器か道具なんか?」


「令和の時代にスマホを知らないって、おじいさん、明治産まれですか?」


 生まれてこの方携帯電話を知らないご老人に会ったことがなかった狛は冗談半分に笑いながら聞いてみた。


「令和じゃと?ワシは明応めいおう(1492〜1501年)の産まれやけど、令和なんか聞いたこともない。」


「明応ですか?!死んでるじゃないですか!冗談もほどほどにお願いしますよ!」


「まだまだ元気やわ!勝手に殺してくれるな。」


「すみません。」


 明応産まれを名乗る老人を前に、狛は情報を整理する。


 質素な身なりにスマホや携帯電話を知らず、松山市北条を風早と呼んでいる。風早は現在は使われてない。


"あの人が言ってることが本当だとしたら…"


 明応が本当だとすれば、戦国時代の初期だ。


 田んぼの彼方には青い海が広がっている。しかし、そこに現代風の建物らしき建物は一つもない。

 車の音も聞こえなければ、道路も整備されているようには思えない。


 よく考えたら、狛が寝ていたであろう部屋には電気は通ってなかった。

 振り返ってみると、素人が作った簡素な掘っ立て小屋のようにボロボロで、近代日本で住居として使われているようには思えなかった。


「おじいさん、ここは何村ですか?あと、治めているのはどちら様ですか?」


「ここは佐古村さこむらや。河野の殿様が治められているがそんなことも知らんのか。」


「すみません、どうやら僕はタイムスリップしてしまったようです。」


「なんや?」


「未来から来たんです。この服も、この時代にはないと思います。僕が住んでいたのは202X年です。今は1500年代でしょう。信じれないですが、その可能性が高いです。」


「ワシにゃわからんが。でもここいらの者やないのはわかったわ。下った先に河野家の庇護を受けとる善応寺ぜんおうじがある。そこ寄ってみ。」


「善応寺ですか、わかりました。親切にありがとうございます。」


 老人は元いた場所に向かってノロノロと歩き始める。


 眼前に広がる田園風景と坂道を見て、ほんとにタイムスリップしたのか疑うとともに、憧れの戦国時代にタイムスリップした可能性にワクワクしていた。


「あ、木箱を忘れてた!」


 部屋に戻った狛は、完成して放置されてる籠に木箱から取り出した陣羽織を入れて、傘を被り身支度を整える。


「誰のかわからないけど、タダで貰うのはバチが当たるから、代わりに木箱と100円玉を置いておこうかな。」


 こうして狛は、周辺の散策に出かけることにした。

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