魔導狩人 ~真夜中の狩人~

arm1475

魔導狩人 ~真夜中の狩人~

 八木あさぎがこの魔導界ラヴィーンへ転移する直前、ある殺人の犯行現場を目撃していた。

 ブラック企業の残業で夜遅く帰宅途中、あさぎはたまたま目に入った路地裏でサラリーマンが惨殺される様を目撃してしまった。その犯行現場を目撃してしまい、思わず悲鳴を上げたことで犯人に気づかれ、あさぎも襲われた。

 だが逃げようとした時、あさぎは道路に飛び出してトラックに跳ねられた。

 ――と、当人は記憶していたのだが、実際のところは跳ねられる直前、足下の何も無いアスファルトにつまづいて転けた瞬間、この〈魔導界〉ラヴィーンへ転移していた。実際、こちらに転移した直後、膝の擦り傷以外は怪我らしい怪我も無かった。

 幸い、殺人犯は転移先にはいなかったのだが、あさぎは僅かながらに転移の際に生じたあの光にもう一人呑まれていたような記憶があり、もしかするとあの殺人犯も一緒に来てしまったのでは無いかと思い始めていた。

 何故なら、この数日この城下で起きている通り魔の手口が、あさぎが目撃した殺人犯のそれに酷似していたからだ。


「……暗がりだったから犯人の顔を見てないし覚えてない。でも、その奇怪な手口はよく似ている。そいつは確かに素手で人を斬ってた」

「首を刎ねられた被害者の傷跡はそれはもう見事な刀傷だった。腕の立つ奴なら一刀のもとに斬り殺すことは可能だ」

「でも……」


 あさぎは窓から外を見た。街並みに灯されている光の魔石の街路灯にはある種の結界が施されていた。


「城下では無用な刃傷沙汰を避けるために、刀を振り回すと街路灯の魔石が反応して警報出すんでしょ? それを鳴らさずに人を斬れるのかしら?」


 鞘は傾げる。


「やりようによっては監視をくぐり抜けての犯行もあるだろう」

「でも、私気になって……事件が起きてからずうっと胸騒ぎがするの」


 蒼白するあさぎを見て、鞘はため息をつく。

 あさぎは、転移直後にシフォウ王と鞘の共通の知り合いと運良く出会え、その紹介でこの城下にやってきた。転移後の忙しい日々のおかげで殺人犯に襲われた恐怖を忘れることが出来て、商売も順調かに見えた矢先、今回の通り魔事件が起きたのだ。


「通り魔なんてこの世界にだっていくらでもいるだろうし」

「そんなにゴロゴロいられても」

「まあ帯刀禁止じゃないからね。兎に角今は王様たちの捜査に任せて、気にせず何時も通りに生活してりゃいい」

「でも……どうしても気になって……」


 鞘は席を立ち、不安一杯のあさぎを見下ろした。


「まあ俺もカタナのヨミの眠りが終わるまでしぱらくはこの城下にいるから、何か異変があったら呼んでよ」

「う、うん……」


 小さく震えているあさぎの肩を見て、鞘はやれやれとほやいた。

 あさぎのこすぷれ茶屋を出た直後、鞘は大きくのびをする。

 人間の身体を簡単に分断したその手口は、剣豪レベルの剣士が珍しくないこの魔導界では珍しい話では無い。

 問題は、城下の警備体制下での犯行以外にもあった。斬られた人間が殺されたことを自覚しないまま息絶えていた即死状態だったことである。

 鞘はあの殺し方をいやというほど知っていた。


 数日後、またもミヴロウ国の警備体制を嘲笑うかのように通り魔による殺人事件が続いて4件も発生した。

 被害者はいずれも女性だった。それも、あさぎと同世代、似たような容姿の若い女性ばかりだった。

 あさぎは自分が狙われているのだと思い、店を臨時休業し、店の近くにある下宿でしばらく引きこもることにした。そしてその警護にミヴロウ国の警備隊が詰め所を用意して就くことになり、鞘も用心棒で雇われることになった。


 鞘が警護を始めた二日後、それは起きた。

 深夜、あさぎの下宿を二人一組ツーマンセルで警護しているミヴロウ国の警備隊担当は、交代時間に交代要員が現れないことを不思議がり詰め所を離れた瞬間、二人とも一瞬で首だけが弧を描いた。

 死んだ二人がその瞬間に目撃したのは、細身の男が何も持っていない両手を挙げて振り下ろしたあと、首を喪失した自身の胴体だった。

 その殺人鬼はあさぎの言う通り、素手で鎧を着た人間を惨殺したのである。

 殺人鬼はあさぎがいるであろう下宿を見て、にやりとする。やっとみつけた、という歓喜であった。

 だが次の瞬間、殺人鬼は慌てて飛び退いた。

 殺人鬼を喪失した虚空を一閃が走る。


「おやおや、凄腕がまだいたか」


 嘲る殺人鬼に、抜刀した鞘は何も答えず、再び無銘の刀で青眼に構える。


「お前か」

「かれこれ10年もいるが本当変な世界だぜここは。魔法の世界かと思ったら日本刀振り回す連中もいるし日本語も通じるし、今度はお前みたいな子供が……」


 殺人鬼は暗がりに立つ鞘の顔は見えていない。鞘が学ランを着ていたから子供だと思ったように見えるが、そうでは無かった。

 直感と、記憶だった。


「……お前」


 殺人鬼は躊躇せず鞘に突進する。そして両腕を大きく薙いでみせた。

 鞘は咄嗟に身をかがめ、そして左横へ飛ぶ。迫り来た見えない何かを無銘の刀ではじき返しながら回避したが、その刀身は一瞬にして細かく砕かれた、いや斬り分けられた。


「やはり避けたか――まさかお前」


 殺人鬼に問われると、鞘は使い物にならなくなった無銘の柄を放り捨てた。


「……老いたな」

「何」

「腕は相変わらずだが、老いたと言うより老けたというべきか」

「そのくどい言い回し、昔の知り合いに似ているが――あいつはもう30年も昔に死んだはずだ」


 問われて、殺人鬼は黙り込む。少し驚いたようである。


「こちらには日本の警察もいない。何故彼女を狙う? もう目撃者としての価値も、恐れることも無いのに」

「プライドさ。お前も〈真夜中の狩人〉ころしやなら分かるだろ?」


 応える殺人鬼はようやく全てを理解したようであった。ゆっくりと構えを解いてみせた。


「……鞘、お前、こっちの世界にいたのか」

「先輩と呼んでくれてもいいんだぜ」

「断る」

「まあアンタが先に来てたみたいだしな。――ざっと40年ぶりか。そりゃ爺さんになるわ」


 殺人鬼はゆっくりと進む。おそらく60くらいか、白髪の老人はそのぎょろっとした大きな目を鞘に向けていた。


「お前が死んだ時は俺とそう歳は変わらなかったのになぁ」

「よくあの大仕事から生き残ったなアンタ」

「そりゃ生き残るさ。――


 鞘は再び飛び退く。入れ違うようにその足下が弾ける。


「ちっ」


 殺人鬼は舌打ちする。


「俺の技知ってりゃ避けられる訳だ。もっともお前ほどのひとごろしじゃなけりゃそれも無理だが」

「お前のことはJBの旦那から聞いている」


 鞘のその言葉に殺人鬼は身じろいだ。


「あのCIAのロリコン野郎も来てたのか」

「お前があの時の裏切り者だったとはね」


 鞘は無言で立ち尽くす殺人鬼を見据えた。

 殺人鬼は暫し沈黙していたが、やがてヘラヘラ笑い出す。


「当たり前だ。あの市澤の餓鬼二人のために死ぬなんて馬鹿馬鹿しいわ。俺たちゃ金で人を殺す〈真夜中の狩人〉だぜ? 損得勘定出来なきゃ今頃野ざらしだ」

「それにしてはプライドだの息巻いて殺しまくってるじゃねぇか」

「プライドは別腹さ。――こちらへ来てよく分かったぜ、!」


 殺人鬼は再び漆黒を薙ぐ。丸腰の鞘にそれを避ける術は無い。


「〈炎〉!」


 鞘の目前で突然出現したカタナが一喝し、殺人鬼の見えない攻撃を全て燃やし尽くした。


「か、間一髪ぅ……鞘、もうこんな無茶は懲り懲りですぅ」

「悪い悪い」


 鞘は意地悪そうに笑った。ヨミの眠りから復活した〈魔皇の剣〉の精霊カタナが嗅げて控えていたのだ。


「よ、妖精だと――」

「わたしは剣の精霊です! 〈凍〉!」


 カタナが無詠唱で魔導を行使し殺人鬼の足場を凍結した。


「くっ?! 動けんっ!」

「不可視も同然の極細チタン合金の糸の使い手も、動きと武器を封じられたらお終いだな」

「そうかな――」


 殺人鬼は再び腕を薙いだ。だが既に鞘の手前にはカタナが空気の防壁を作っていた。殺人鬼の攻撃は全て見えない壁に弾かれた。


「くそっ……こちらの世界で手に入れた妖糸も通じねぇとは……魔法なんて卑怯な……」

「俺より10年も先にこの世界に来てて言う台詞か」


 そう言って鞘は拘束されている殺人鬼の報へ歩み寄った。


「鞘、どうするのです? このまま警備隊に……」

「いや。


 鞘は袖の中に仕込んでいた合口を取り出し、さやを放り捨てて刀身を引き出す。そして殺人鬼の脇腹から一息に心臓を狙って突き上げた。

 その手際の良さは殺人鬼に抵抗するヒマすら与えなかった。容赦無しとは事のことか。


「かぁ……げふっ」


 殺人鬼は仰いで吐血する。


「が……餓鬼のくせに……生まれつきのシリアルキラーめ……」

「お前が言ったろ? 損得勘定無しで殺しはするなと。これはお前に裏切られて死んだ〈真夜中の狩人なかま〉へのケジメだ。三途の川で待ってるみんなにもういっぺん殺されに行け」


 そう言って鞘は先に突き上げる。刃先が心臓に到達し、殺人鬼は苦痛の中絶命した。


「……」

「カタナ、何か文句ある?」

「いえ」


 カタナは頭を振った。そして鞘と始めてあった日を思い出す。

 もう見ないだろうと思っていた光景だった。

 何時も能天気な少年の面影はそこには無く、全身返り血を浴びて、折れた刀を握りしめたままこの世界に転移してきたあの日の少年がぽつんと佇んでいた。


「……あの……瑞原……殿……?」


 その時だった。外の騒動を下宿の中から見守っていたあさぎが恐る恐る出てきて鞘に声を掛けてきたのだ。

 あさぎは震えていた。

一部始終、見ていたのだ。自分より年下のこの少年が、あの殺人鬼とは旧知で、その動きを封じて問答無用で合口で刺し殺す様を。

 あさぎはどうしても自分を狙ったあの殺人鬼と鞘が重なって見えてならなかった。


「終わったよ」


 鞘はふっと笑う。いつもの、能天気そうな少年がするいつもの笑顔で。


                 了

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