セオと僕の真夜中

加藤ゆたか

真夜中

 西暦二千五百五十年。僕が不老不死になったのは五百年前だ。今までもこれからも永遠に続く平穏な生活を、僕はパートナーロボットのセオと一緒に過ごす。セオは僕の娘ということになっている。


 雨漏りの修理のためのリフォーム工事が終わった。永遠とは言っても、永遠に物が壊れないわけではない。永遠を維持するためにはメンテナンスが必要なのだ。今回はリフォーム後も以前と同じ内装にしてもらった。やはり我が家は落ち着く。部屋に荷物を運び込んで、やっと元通りになった。


「ねえ、お父さん。今度、猫ちゃんと川の上流の方に行きたいんだけど。」

「川?」

「そう、ダムの方。猫ちゃん、見たことないって言うから。」


 セオが言う『猫ちゃん』というのは、セオの友達の人間の少女のことだった。この猫の少女は、毎日のようにセオと公園で会って遊んでいるらしい。たしか、十七歳だと言っていた。まだ不老不死にはなっていないらしいが、不老不死になると最盛期の若い体が維持されるので、不老不死になる年齢は別に何歳でもいい。


「それじゃ車を出すか。」

「うん、お父さん、お願い!」


 翌日、僕は車でセオと猫の少女をダムまで連れていった。車と言っても自動運転車なので僕が運転するわけではない。車の後部座席で、セオと猫の少女が窓から流れる景色を眺めながらはしゃいでいる。

 車は川に沿った道を走った。ところどころで小屋のような古い佇まいの家が散見されるが、誰かが住んでいるのかはわからない。しかし、こういう『風景』も永遠の一部として、ロボットネットワークが維持管理しているのだ。


「大きな湖みたい!」

「ここ、落ちたらやばいよね……。」


 ダムに着くと、セオは楽しそうに言った。猫の少女はその大きさに圧倒され恐怖を覚えたのか、セオの服を掴んで離さなかった。

 帰り道、川に降りられるところで車を止めた。セオと猫の少女は澄んだ水が流れる川に足を付け、水を掛け合って遊んでいた。


 そんな風に、なんとなくセオにせがまれて、セオと猫の少女を遊びに連れて行く日々が続いた。山、川、海、隣の町の鉄道や牧場、少し遠くの遊園地、植物園、花鳥園。セオは自分が見た光景を写真に出力して眺めたり猫少女に渡したりした。

 まるで夏休みみたいだった。思い返してみれば、今までセオには同年代の友達はいなかった。


「今日の夜は花火を見にいくの。猫ちゃんと一緒に。」

「ああ。いってらっしゃい。」

「お父さんも来るでしょ?」

「僕も?」

「うん、たまにはいいでしょ?」


 セオが浴衣に着替えて、僕と一緒に、猫の少女との待ち合わせ場所に向かう。日が沈む直前の薄暗くなった町はなぜか活気があって、どこから出てきたのかと思うほどの人が花火大会の会場に向かって歩いていた。この群衆が人間なのかロボットなのか、僕には暗くてよくわからなかった。


「猫ちゃん!」


 セオが猫の少女を見つけて走り寄る。猫の少女も浴衣を着ていて、セオを見つけると小さく手を振った。

 猫の少女はセオに向かって手を差し出して言った。


「セオ、手を繋いでもいい?」

「うん、はぐれないようにね!」


 僕は少し後ろから、二人の少女の浴衣の後ろ姿を眺めて歩いた。手を繋いで笑い合って、仲の良い友達同士に見える。

 花火が二人の姿を照らす。僕はずっと花火ではなく二人を見ていた。



 時折、猫の少女は僕の家まで遊びに来ていた。雨の日なんかはセオの部屋で、セオと一緒にゲームをするのだ。

 そしてセオが作った夕飯を食べて帰る。その日は、夕飯を食べた後にもゲームを再開していて、すっかり遅い時間になっていた。セオが眠くなったと言ったところでようやくお開きになったようだった。


「セオの部屋に泊まっていってもいいが?」

「いいえ。今日は帰ります。」

「でも、もう遅い時間だからな……。」


 この時代に夜道の危険など無いのだが、事故にでも会われたら寝覚めが悪い。僕は猫の少女を家まで送っていくことにした。


「じゃあ、僕が送っていくから。」

「猫ちゃん、また今度遊ぼうね……。」


 眠気でほとんど目が開いてないセオが手を振って別れを惜しむ。

 僕と猫の少女は黙って真夜中の道を歩く。点在する電灯が夜の道を照らす。


「私、このまま送りオオカミされちゃったりして?」


 猫の少女が冗談めかした声で沈黙を破った。


「な……、そんなことするわけないだろ……。」

「わかってますよ。冗談です。」


 また少しの沈黙。キーキーという虫の声。


「ずっと飲んでるんですか? 性欲抑制剤。」

「……あれを見たのか?」

「見ました。」

「君だって、これから不老不死になればわかる。人間はそれを捨てるべきだ。」

「私はセオのことが好きなんです。」

「……そうみたいだな。」

「でも、私はセオと恋人になれない。セオもセオのお父さんと恋人になれない。ずっとこの関係から進展はない。こんなの永遠の地獄じゃないですか?」

「永遠というのはそういうものだよ。」

「私はこの永遠は無理。」


 少女の家に着くまで僕らはそれ以上の会話をしなかった。



 それから、セオと猫の少女が遊ぶ頻度は少しずつ減っていったようだった。少女が大学の受験勉強で忙しくなったのが理由だとセオは言っていた。

 何年か後に、僕は猫の少女がすっかり大人になって、自分のパートナーロボットと恋人のようにして歩いているのを見かけた。彼女のパートナーロボットはセオとは真逆で、大人びていて一歩後ろを歩くような控えめな印象の美形の女性型だった。

 セオはロボットだから成長しない。でも彼女は人間だから成長してしまった。セオはもう彼女を『猫ちゃん』とは呼んでいなかった。

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セオと僕の真夜中 加藤ゆたか @yutaka_kato

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