昼夜問わず

くるとん

歩く男の正体

 今は夜、雲の隙間からもれた月光が、暗闇をわずかに照らしている。

 

 暗闇とは不思議なものだ。ほとんどの情報を視覚から得ている我々にとって、本来は危険ともいえる状況である。

 しかしそんな暗闇が照らすものもある。普段では気づくこともない些事、例えば風が草むらを揺らす音、鳥の羽ばたき、雲が動くごうごうという音。自然の一事、不必要なほど敏感に反応する聴覚。


―――研ぎ澄まされていく…。


 戦いの前、興奮する心に注ぎ込まれる暗闇というスパイス。勇奮を包み込む平静な心。静けさは俺を酔わせていく。


 モンスターと冒険者が戦いを初めて数百年。冒険者を中心とする町の防衛システムは、時代に合わせて変貌をとげた。

 モンスターは魔力で動く存在だ。当然ながら昼夜など関係ない。攻めたいときに攻め込み、魔力の限り暴れまわる。

 対する人間、休息が必要だ。その差を埋めるべく、人間は知恵を使う。砦を築き、防衛任務には交代制を採用した。今では、どのタイミングでも一定程度の冒険者が常駐している。


 もちろん夜の任務は負担が大きい。視覚情報が制限されるのはもちろん、日常生活にも影響が出る。そのため、通常の倍近い報酬が払われているとのことだ。


 ちなみに俺は、冒険者の間で「夜王」と呼ばれているらしい。自分の評価など気にしたこともないが、悪くない名だと気に入っている。その名の通り、俺は夜に動き出す。そろそろ頃合いだ。





 数年前まで、夜に動く意味は乏しかった。襲撃対策として、多くの商店が閉まっている。物品のほとんどがギルドの倉庫に保管されており、町には何もない。空の建物が静けさに紛れて並んでいるだけだった。


 ところが今は、さまざまな生活スタイルが存在している。24時間営業の商店も多い。夜に活動しても困ることはなくなった。


―――今日は何を食べようか。


 思考が空腹を際立たせた。数日前に食べた果物は、おいしかった。あの店はまだあるだろうか。ついでに寄ってみることにしよう。


―――さてと。


 隠れた月を見つめ、居城へと戻る俺。門の前で待機していた部下が、俺に状況の報告をしてきた。手渡された愛刀を受け取り、空を数回斬る。


「魔王様、出撃の準備が整いましてございます。」

「そうか…では、行こうか。」


 俺はそう返答し、ゆっくりと魔力を展開する。さぁ、冒険者狩りの時間だ。

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昼夜問わず くるとん @crouton0903

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