吐露
「……あれは
となると、あの灯りの主に思い至るのはすぐだった。
警戒を強めるカロンの横に、膝を折って屈む。今にも警戒音を発しそうなカロンに手を伸ばす。
触れたティシェの手に、カロンの身体がぴくりと小さく跳ねた。
「大丈夫。カロンも知っている人だよ」
ティシェは努めて優しげな声音で告げる。
紅の瞳がゆっくりとティシェを見上げ、ぱちりと瞬くと鋭い気配が霧散する。
カロンから警戒の色が消えた時、雨音が岩肌を打つ音に別の音が混ざり聴こえた。
二者の視線が外へ向かう。
雨で煙る中、灯りが持ち上げられ、ティシェとカロンの姿を照らし出す。
「――居た、ティシェさん」
雨避けだろう外套を頭から被ったトールが、フードの奥で安堵したのが伝わった。
*
脱いだ外套を払って雨粒を落とすと、トールは丁寧に折りたたんで隅に置いた。
足下に置かれた
「よくわかったな、ここが」
ティシェが声をかければ、トールはアーリィを振り返った。
アーリィは周りに構うことなく、身を震わせて雨粒を振り払う。少しだけ雨粒がかかった。
苦笑しながら、トールが口を開いて答える。
「アーリィが竜の匂いを嗅ぎ取ったから、カロンかなと思って辿ったんだ」
雨で匂いが薄まる前でよかったと、トールはティシェに笑った。
ティシェの足下ではカロンが少しだけしょげた。
それに気付いたティシェはカロンへと視線を向ける。
大きくなったカロンは、もうティシェが抱え上げることは出来ない。それでも、まだまだ目線は低く、ティシェが屈まないと合わせられない。
目線の高さを合わせ、柔らかな声音でティシェは告げる。
「カロンが匂いを付けてきてくれたおかげで、トールと合流することが出来たんだ。無駄にはなっていないよ。だから、落ち込まないで」
しょげる色を滲ませていた紅の瞳が、ティシェの言葉に輝きを取り戻す。
きゃろ、と裏返るカロンの声は嬉しげだ。
トールはそんなやり取りから、アーリィが匂いを辿れた理由を察する。なるほど、と一人静かに頷いた。
アーリィはそんなやり取りにも興味はなく、雨粒を振り落とすとトールの側で身を伏せて落ち着けた。
「まずは暖かくしよう」
自身の荷を下ろしたトールは、アーリィの荷も下ろしにかかる。
「もう夜だ。グローシャを探すのは明日を待とう。雨でもあるし、天気も待った方がいい」
下ろした荷から火熾しの道具を取り出すトールを見て、ティシェは身体の動きを止めた。
蒼の瞳が落ち着きなく辺りを見回す。少し離れた場に、岩壁から突き出た小さな岩をみつけた。あそこになら腰を下ろせる。
「私はあっちへ行こう」
自然な動作を装う不自然なティシェの動作に、トールは目を眇めて呼び止める。
「待った。ティシェさんだって冷えてるでしょ、温かくした方がいい」
「私は……とくに寒いとは感じていない」
足を止め、ティシェが振り返る。その足下にはカロンが寄り添う。
「トールは温まってくれ」
そう言ってトールに再び背を向けたが、その手を彼に掴まれてしまう。
手に温かさが触れ、自分の手が冷えていることを自覚する。それでも。
「ほら、ティシェさんの手、冷たいじゃん」
聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような、そんな響きをしたトールの声に、ティシェは顔をうつむける。
ティシェの蒼の瞳が僅かに揺れたのに気付いたカロンが、彼女前に一歩踏み出し、トールを険はらむ瞳で見上げた。
一瞬だけトールの手が強張る。
「カロン」
ティシェが呼ぶと、カロンが彼女を振り返る。カロンに対し、静かに首を振れば、彼は渋々と退いてくれた。
そこへ遠慮がちなトールの声が滑り込む。
「……何か、理由がある――?」
その声音に気遣いを感じ、ティシェの中で張っていた何かが緩むのがわかった。
掴まれたままの手。触れる温度にすがるように、ティシェもまた、その手を掴んだ。
「……火が、怖いんだ」
こぼれた声は、降り続ける雨音に隠れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます