竜を襲う竜(2)


 落下する。一気にグローシャと竜から離れていく。

 目の前で白銀が陽を弾いてきらりと光った。

 ティシェの髪と同じ色をしたそれは、普段は服下に忍ばせている竜笛。首からさげているものが、今はティシェの目の前で踊る。

 ティシェは竜笛を手に掴むと、口にあてがい息を吹き込んだ。

 人には聞こえぬ音。竜笛の音が響き渡った瞬、竜と競り合っていたグローシャの背、その積荷の影がうごめいた。

 ぐぐっと盛り上がり、影から飛び出すようにして顕現したのはカロン。

 グローシャが一瞥する。カロンがティシェの肩を掴んだのを見た。

 竜笛の音がまた響く。音に込められた意を解し、グローシャは返事の代わりに被膜を強く打った。

 ぐんっと競り迫る竜を追い越し、また天高く飛翔する。

 背を気にする必要がなくなれば、もうそこは竜の領域だ。

 竜であるグローシャが劣ることはない。竜には。




   *




「あの竜って、もしかして野生竜かな……」


 ぽつりと呟き、思考の深みにはまりそうになったところで、ばさりと翼を打つ音が耳を打った。

 はっとし、トールはティシェの方へ視線を投げた。

 アーリィの背に乗ったトールは、カロンに肩を掴まれて飛び去っていくティシェの姿を上空から確認し、ほっと胸をなでおろした。


「アーリィ、ティシェさん達のあとを追える?」


 トールが訊ねると、アーリィは面倒そうな色を滲ませた天色の瞳を向ける。

 アーリィが風を喚んでさっさと上空へ舞い上がったのは、あの竜の接近を察知したから。

 グローシャのように警告音を発するのも、確かに不要な接触を避ける術の一つだろう。

 だが、自身が背に乗せる存在を護りたく思うのならば、さっさとその場から退いてしまった方がいい。

 少なくとも、アーリィはそう思ったから風を喚んだ。

 それをトールは。


「それが嫌なら、グローシャを助ける手助け、してくれる?」


 呑気な顔でそんなことを言う。

 アーリィは天色の瞳を意味ありげに細めたあと、やがて諦めたように息を吐いた。

 ばさりと翼を一つ打ち、方向展開。カロンが飛び去った方向へと進路をとる。

 風を切る中でトールが呟く。


「ごめんね、アーリィ」


 トールが謝を口にするものだから、アーリィは思わず睨むように彼を見やった。

 アーリィが欲しい言葉は、そんなことではない。


「わかってるよ、アーリィ。これはずるい言い方してごめんってこと」


 トールの手がアーリィの首を撫でる。


「ありがとう」


 アーリィは視線を前へと戻し、ふんっと鼻を鳴らした。

 アーリィはトールと共に在ることを選んだ。

 だから、出来る限りは彼の意思に寄り添いたいと思っている。

 けれども、そこに危険がはらむならば、トールの意思に添わないことだとしても、アーリィは決してゆずらない。

 それをトールはよく知っている。

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