竜を襲う竜(1)
前から後ろへと流れる景色は移り変わり、いつの間にか左右に山肌が覗く地形になっていた。緑は所々に点在する程度であり、剥き出しになった山肌からは地表が覗く。
謂わば、谷。その谷間を二頭の竜が翔んでいく。
天から照る陽射しに、ティシェの肌は少しばかり汗ばみ始めていた。風を受けると言っても、上がる気温の影響がないわけではない。
ふう、と軽く息をついたところで、ティシェの耳に音が届く。ごぉー、と低く腹に響くような音。聞き慣れた音ではないが、それでもこの音は知っている。
「滝か」
小さな呟きは風の唸り声に掻き消された。だが、その返事のように清涼な空気が風にはらみ始める。
アーリィが速度を落とし、グローシャの隣に並ぶ。
ばさり。翼と被膜を打つ音が響いた。
「もうすぐ着くから」
トールの言葉にティシェは頷く。そして、アーリィが再び前に出ようと翼を羽ばたいた時だった。
グローシャの身体に緊張が走ったのをティシェは瞬時に感じ取った。グローシャの視線を追うように前方へと目を向ければ、隣でアーリィが突として声を上げる。
フルルゥッ、鋭い声が響き、瞬く間もなく突風が谷間に吹き付ける。突風はアーリィを持ち上げ、空へと押し上げた。
この突風は
グローシャは突風に均衡を崩しかけるも、ティシェが重心を傾けたのも手伝ってすぐに立て直す。
上からトールの声が聞こえた。振り仰げば、既にアーリィは天へと舞い上がっていた。
トールの声は届くも、その言葉までは届かない。アーリィを咎めているのか、ティシェへと呼びかけているのか。
こちらも声を張り上げてみるべきかとティシェが思案している時、グローシャが警告音を発し始めた。
ティシェはグローシャを見やり、前方を見据える。
――何か、来る。
アーリィが突風を喚びこむ前、グローシャから緊張を感じ取った。その原因をティシェが視認――する前に、グローシャが急上昇した。頭を天へと向け、一気に昇り翔ける。
予備動作なしのそれに、ティシェは咄嗟にグローシャへ身を寄せるようにして伏せる。否、しがみつく。
みるみるうちにグローシャは高度を上げ、その間の風圧は、谷間を翔んでいた先程ものとは比べものにならない。
襲い来る風圧にティシェは顔を上げられなかった。呼吸を確保するのもやっとで。
顔を俯かせる視界の中、下方からグローシャを追いかける影を見た。
ばさりと被膜を打つ音が耳に届く。その羽ばたきはグローシャのものではない。もっと遠く。そう、下方から。
ゴーグルの奥で目を凝らし、今度はしっかりと見やる。
――竜だった。竜がグローシャを追っている。
グローシャはこちらの接近を知らせるべく、警告音を発していた。なのに、それでも避けるどころか追ってくるということは好戦的な種の竜か。
竜がグローシャに追い付く。
ティシェは竜の角先がやけに鋭利になっているのに気付いた。が、ティシェがグローシャに指示を出す前に、竜の鋭利な角がグローシャを突いた。
小さく声をもらしたグローシャが、ティシェを庇うように身をひねる。鋭利な竜の角がティシェを突けばひとたまりもない。
その間にも、竜はグローシャを角で突く。――否、突刺そうとしているのだ。そのことにティシェは気付いた。
しかし、グローシャの鱗は硬く、砕くにはいたらない。
それでも、と。ティシェの顔が僅かに渋面になる。
「グローシャを喰らうのが目的か」
さらなる強さを得るために。
ティシェの脳裏に過るのは、少し前に遭遇した狂った物――。
あの竜は本能的に強さを求め、グローシャを喰らおうとしている。
そんな竜に心当たりがないわけではなかった。
「
その時、またグローシャが大きく身を捻った。迫っていた角はグローシャの鱗に弾かれる。
ティシェは小さく唇を噛んだ。
グローシャはティシェが居るために竜を振り払えないでいる。この状況下においては、ティシェはグローシャのお荷物だ。
ティシェはグローシャの顔に口を寄せる。
「グローシャ、私のことは気にするな」
囁やき声。グローシャの首を軽く叩き、さらに一言告げる。
「――行け」
瞬、ティシェはしがみついていたグローシャの身体を放した。一気に浮遊感が身体を襲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます