旅の章

Episode 1.傍在るぬくもりに人は何を想ゆるか

少女と竜は今日も共に翔ぶ


 まずは知人から。そこが二人の始まり――スタート地点、と彼の言葉を借りて、一歩を踏み出す。


 宛のない旅をするティシェだが、今は『水晶の泉』と呼ばれる地を目指していると話せば、トールもそこまで同行してもいいかなと言う。

 水晶の泉は星願の竜に関する地。トールは商人の仕事をしながら、星落つる跡地を周っているのだという。その地もいずれは訪れてみたいと思っていた地だったらしい。

 ティシェとしてはトールの同行を拒む理由はないし、それに知りたいと思い始めたところなのだ。いい機会だなと、ティシェはしばらくの間トールと旅を共にすることにした。




   *




 空からの日差しが、少しばかり暑さをはらみ始めたこの頃。

 春の終わりを告げ、夏の訪れを予感させる。

 ティシェは仰いだ空からの日差しに、ゴーグルの奥で蒼の瞳を細めた。

 陽の強さを肌に感ずるも、肌に受ける風の強さに汗ばむ暇もない。

 グローシャの被膜を羽ばたく音を耳にしながら、飛行帽を顎下で留めていることを確認し、肩越しに後方を顧みる。

 ティシェと同じく飛行帽とゴーグル姿のトールが、アーリィの背に乗って付いてきていることを確認する。

 前方から聴こえる小鳥のさえずりに視線を戻すと、楽しげなそのさえずりにゴーグルの奥で蒼の瞳を和ませた。


「随分と機嫌が良さそうだな」


 こぼしたティシェの呟きを、後方を飛ぶトールが拾う。

 が、耳元で唸る風に言葉までは聞き取れない。


「何か言ったぁ?」


 トールが声を張り上げた。ティシェが振り返りながら同じく声を張る。


「機嫌が良さそうだなとっ!」


「天気がいいからっ! ラッフィルも楽しいのかもっ!」


 ばさりと翼を打つ音がした。

 トールを背に乗せたアーリィがグローシャの横に並ぶ。

 風竜は被膜を持たず、鳥と同じ翼を持つ竜だ。

 ティシェは、アーリィの天色あまいろの瞳が不快げな色をはらんでいるのに気付く。

 なるほど。ティシェとトールとの、互いに張り上げる声のやり取りがお気に召さなかったらしい。それでグローシャの横に並んだようだ。

 トールが宥めるようにアーリィの首を撫でる。


「騒がしいのは好まないから」


 ごめんね、とトールが謝を口にすれば、ふんっとアーリィは鼻を鳴らした。

 トールは肩をすくめ、ゴーグルの奥で茶の瞳に苦笑を滲ませた。



 

 ティシェの飛行帽の耳あてが風にはためき、ばさばさと音を立てる。留めが外れていることに気付いて、きちんと顎下で留めた。


「だいぶ山沿いの方まで来たね」


 隣に並ぶトールが眼下を見やる。ティシェも同じく眼下へ視線を落とした。

 今まで平地だったところに起伏がうまれ、いつの間にか景色は山地へと移り変わっていた。

 場所によっては山肌が見えるところもある。この先は山間部へと、さらに景色は移り変わっていくのだろう。

 そう思いながら、ティシェは遠くを見晴らす。

 ティシェを背に乗せるグローシャが被膜を打つ。その打ち方一つ、ティシェはグローシャの様子に気付いた。

 顔をグローシャの近くまで寄せて口を開く。


「翔びたいか?」


 グローシャは金の瞳をティシェへちらりと向け、ピルゥ、と応えの声をもらした。

 そして、前方を飛ぶラッフィルへと視線を向ける。

 ラッフィルは宙に円を描いて翔んでみたり、身をよじるようにして回転してみせたりと、その翔び方は随分と楽しそうにみえる。

 ティシェもその姿を認め、わかったと意を込めてグローシャの首を軽く叩いた。

 狂った物との遭遇で負った怪我から快復したばかり。大人しくしていた分、存分に羽根――否、被膜を伸ばしたいのかもしれない。

 身を起こしたティシェは隣のトールを振り向く。


「そろそろ休息をはさもう。グローシャが翔びたがっている」


 ティシェの蒼の瞳がラッフィルを見る。

 トールもラッフィルを見て、それからグローシャを見やり、頬を緩めたあとに、そうだね、と一つ頷いた。


「この先にいいとこがあったはずなんだ。そこで休憩しよう」


 トールが足を使ってアーリィに指示を出す。それを受けたアーリィは、翼を一つ打ってグローシャの前へと出た。

 前方を翔んでいたラッフィルが速度を落とす。彼はアーリィと並ぶと、側近くまで寄り、そのままトールの懐へ潜り込んだ。

 トールはそれをしっかりと確かめてから、ティシェを肩越しに振り返る。


「じゃあ、行こうか」


 トールの声に応えるようにアーリィが速度を上げる。

 ティシェがグローシャへ合図を出せば、彼女も速度を上げて後に続いた。

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