少女と青年は縁を繋ぎゆく


 差し出されたトールの手を見つめ、ティシェも手を差し出す。そして、そっとその手を取った。


「……私も、知りたいと思う」


 ――この気持ちの先を。

 握手した手はあたたかい。それと同じ温度を感じさせる顔でトールが笑う。

 ティシェも表情を和らげ、小さく笑った。

 今、ここから始まった。ティシェとトールの関係が。


「――知人として、よろしくな」


 少しばかり浮つく気持ちで告げれば、トールが固まったのを触れる手越しに感じた。

 訝ってトールを見上げる。彼は笑顔のままで固まっていた。


「トール……?」


 呼びかければ、はっとして息を継いだ様子のトールがティシェを見やる。笑顔が苦笑に変わった。


「……ううん。思ったよりもスタート地点が遠かったから、ちょっと衝撃だっただけだよ」


 ほら、空気的に友達くらいからって思うじゃん。この流れなら。

 と、視線を逸らせて何やらぶつぶつ呟くトールに、ティシェは気になった単語を拾う。


「すたー、と……?」


「ん、あっ、そっか。ごめん、始まりって意味かな?」


 そう言ってから「あ、そうか」と、何やら納得した様子でトールが頷く。


「僕と君って、まだお互いのこと何にも知らないもんね。それなら、知人という距離感から始めた方がいいのかもしれない」


 くしゃりと笑う。

 その笑顔がなんだか眩しく感じて、ティシェは蒼の瞳を細めた。

 もしかして、これがトールの素の笑顔なのだろうか。

 一つ、彼を知る。心にぽっと、あたたかな何かが灯った気がした。




   *




 泉の水を小瓶に入れ、枝葉を透かす木漏れ日にかざす。

 水と星の瞬きに似たきらめきが小瓶の中で踊る。

 それはまるで――。


「星空を閉じ込めたみたいだよね」


 ティシェがたった今思ったことを、隣で一緒になって小瓶を覗き込んでいたトールが口にした。

 小瓶を下ろせば、トールの視線もティシェの手の中へと落とされる。変わらず水ときらめきが踊っていた。

 ティシェもそこへ視線を落とす。


「星空に見えるのは、ここが星願の竜が落ちた跡地だからか」


「その残滓みたいなものが今でも残ってる――星願の竜って、とんでもない竜だよ」


「この地が静養にもなる、というのもその影響なんだろうな」


 ティシェは泉の淵、その直ぐ側で浮かぶカロンを見やった。

 被膜を広げて揺蕩う彼。あの夜に被膜を破く怪我を負った。

 なのに、泉に浸って然程時は経っていないというのに、その被膜が薄っすらとだが、新たな膜を張り始めている。

 体調を整える効能があるとトールは言っていたが、それにしても怪我の治りが早い。

 グローシャにおいては、泉を泳いだり潜ったりと好き勝手に過ごしていたからか、既にどこの鱗を砕いていたかえさえわからないほどに癒えている。

 ティシェの怪我もおそらく、薬に泉の水を合わせれば治りは早まるだろう。そのために小瓶に汲んだのだから。


「……記録はないけど、ここはかつて戦場だったっていう話はあるみたいだし、誰かが星に願ったのかもしれないね」


 星――星願の竜。

 かつては戦場だった。らしい、というのは、人々の記憶から消えて途方もない時が経ったということだろう。

 それほど昔の影響が未だ残っている――憧れどころか、畏怖を覚える。かの竜には。

 手にしていた小瓶を荷鞄にしまい、ティシェは遠く支線を投げやる。

 ちょうどグローシャが水面から顔を出したところだった。

 きらめきと共に水飛沫が舞う。それを離れたところにいたアーリィが、風を呼び込み、自身にかかるのを防いでいた。

 ぼんやりと眺めながら、とつとつと語る口調で口を開く。


「宛のない旅をしながら、私も星願の竜を探しているんだ」


 同じように遠くを眺めやっていたトールがティシェを振り向く。


「それは、願いがあるから?」


「いや。叶えてしまった願いがあるから、それをなかったことにするために」


 トールは静かにティシェの横顔を見つめていた。

 だが、何を言うでもなく、彼女から視線を外してまた遠くを眺めやる。


「僕が商人をしながら星願の竜を探してるのは、理由わけを知りたいから」


 風が静かに吹き抜ける。水面を撫で、空気中に昇ったきらめきを運んだ。

 星の瞬きに似たきらめきが二人の間を通り抜けていくも、もう二人にそれ以上の会話はなかった。

 けれども、それでいい。

 今は知人。距離間としてはこのくらいから――それが始まり。

 二人はそれから暫く、泉と竜達の姿を眺めていた。




 これは少女と青年が、互いの先を知りたいと縁を繋いでみることにしたひとこま――旅の一頁だ。

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少女と竜は今日も旅をする。 白浜ましろ @mashiro_shiro

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