縁を繋いで
弾けるきらめきに照らされながらトールが呟く。
「さっき、このきらめきが欠片なんだって言ったけど」
「ああ、聞いたな」
「星は竜のことで、星をまとう竜が、すっごく昔に落ちた場所なんだって」
ティシェが驚いた様子でトールを見やる。
トールもそんなティシェを見やった。
星をまとう竜。それは――。
「星願の竜――?」
「うん、お伽噺と謂われる竜のこと。それから、僕が探してる竜でもある」
そのとーり、とでも言うように、トールの肩でラッフィルが、ピッ、と元気に声を上げた。
ティシェは、それは、と口を開きかけるも、紡ぐべき言葉が見つからなく、すぐに口を閉じた。
トールの言葉は、相手に己へ踏み込ませる言葉であり、相手へ踏み込むための一歩に成り得る言葉だ。
彼の意図がわからない。
と。会話を遮るように、彼の頭に頭が乗る。
「……なに、アーリィ。やめてよ、まだ濡れてるじゃん」
トールの頭に顎を乗せたアーリィは天色の瞳を物言いたげに細め、フルルルルゥ、と何かを訴えている。
彼女の白の羽毛は、水滴を弾いて水の珠をつくってはいるが、泉からあがったばかりで、羽毛を滑る落ちるようにして滴っている。
それをトールの服を軽く湿らせ、ラッフィルは迷惑そうに彼の肩から飛び立ってしまった。
それでも、フルルゥと何かを訴え続けるアーリィに、トールは仕方ないなと、苦笑と共に息を吐き出した。
トールの茶の瞳が上目でアーリィを見やって「大丈夫だよ」と、手でやんわりと彼女の身体を押しやる。だが、ぐっと身体に力を入れられて彼女は抵抗をする。
「ありがとう、アーリィ。また僕が傷つくじゃないかって、心配してくれてるんだよね」
アーリィの訴える声がやむ。それは肯定の意だ。
ゆっくりと身体を離し、トールの真意を探ろうと天色の瞳が細められる。
トールの茶の瞳がしっかりと天色の瞳を見返して、ふっと柔く笑った。
「いいんだ、僕がそうしたいって思ったから。だから、それでもし傷を負ったとしても、これは僕が決めて負った傷だよ。あの時の傷とは違う」
緩く首を振る。
しばしアーリィはトールを睨むように見つめていたが、やがて諦めたように、フルッ、と短な息を落し、再び泉の方へと戻って行った。グローシャがいる方は避けて奥へと泳いでいく。
奥の方でこちらの様子を窺っていたグローシャは、そのあからさまなアーリィに少しだけむっとしたらしく、体内の灯を軽く明滅させる。
が、彼女もそれ以上の干渉をすることはなく、大きな飛沫を上げながら泉の中へと潜って行った。
飛沫からきらめきが弾け、水底から受けるグローシャの体内の灯に反射する。
文字通りにきらきらした光景に目を向けながら、トールがティシェを振り向いた。
「ティシェさんはどう思う?」
「どう、とは……?」
トールの真意がわからない。
ティシェは乏しい表情下に戸惑いを隠しながら、小さく首を傾げる。
「初めは僕が君と出会った」
あの雨夜のことだ。同じ寂寥の匂いを互いに感じたはずの夜。
けれども、彼はそこに『線』を引いて線引きした。
「『この場で終わる関係』、と言っていたな」
「うん、言った。実際そうだと思ったんだ」
トールの視線が足下に落ちる。
「商人なんてやってるから、人とはそれなりに出会う。でも、また会えた人なんてあんまりいない。それこそ、客先とか、そういった『理由』がない限りは。全部がそうとは言わないけど、それでも、『この場で終わる関係』が殆どなのも事実」
「私との出会いも、その一つなのだろう? なのに、その言い方ではまるで――」
「うん、そうだよ」
トールが視線を上げ、ティシェを静かに見た。
ティシェの予想を肯定し、口を開く。
「僕とティシェさんの間に『理由』をつくってみたいと思った。『この場で終わる関係』で居るのは、なんか嫌だなって。線引いたのは僕なのに、勝手だなって思うのに。でも僕は、知りたいと思った」
そこでトールの表情が変わる。
真剣さを帯びていた表情が、柔く、くすぐったそうに笑った。
「ティシェさんと居ると、なんか胸の奥があったかくなるんだよね。それは僕がこっちに連れて来られてから初めてで、それが何なのか知りたいなって」
トールが胸に手を当てて、何かを掴む動きする。
ティシェも真似て、胸元で何かを掴んだ。
何を掴んだのかはわからない。けれども、トールの言う気持ちにはティシェにも覚えがある。
心にあたたかな温度が灯る感覚だ。トールと同じものを抱いている――それを知り、その温度が少しだけ上がった気がした。
「――お互いに、さ」
トールの声にティシェは顔を上げる。
彼は遠くへ視線を投げていた。泉を見ているのか、アーリィかグローシャを見ているのか。
それでも、言葉は紡がれる。
「まだ何も知らない。全然会ったことないも同然だし、当たり前なんだけどさ。でも、二度目の今は、君が僕と会った」
「私はここにトールが居るとは知らなかった」
「僕だって、あの夜はあそこに君が居るなんて知らなかった」
「だが、私達は互いに知らないながらも、互いに会った」
ティシェがトールを見ると、彼もこちらを見た。
そして、くしゃっと笑う。
「――それは、お互いにみつけた、とも言えるよね」
だからさ、と。トールがティシェへ手を差し伸べた。
「僕と、縁を繋いでみない――?」
ティシェさんはどう思う――?
先程の問いの意味が、ティシェにもようやく解った。
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