縁はひらりと


 次第に周囲の景色が奥まってきた。

 枝葉から落ちる木漏れ日が細くなり、湿った空気が絡むように肌にまといつく。

 足に木の根を軽く引っ掛け、周囲か薄暗くなっていることにそこで自覚する。

 すると、ティシェの背後で突として光が膨らみ、影を伸ばした。ティシェが振り返る間もなく、灯の珠が数珠浮き流れて来て、危うくないように足下を照らし始める。

 ティシェは後ろを振り返り、ありがと、と一言を礼を口にすれば、グローシャは、別に、と言わんばかりに、ふすうと鼻から息をもらすだけだった。


 進んで暫く、先行するカロンが足を止めた。数歩遅れてティシェとグローシャも足を止める。

 ティシェの足下を照らしていた灯の珠が浮き進み、足を止めたその先を照らし出す。

 蔓草が行先を遮っているのはこれまでと同じだが、どこかその雰囲気が違った。これはまるで。


「……立ちふさがっているような」


 ティシェの呟きに、カロンが振り仰ぐ。

 彼女を見上げる紅の瞳に、斬り捨てていいのか問う色が浮かび、一つ頷いてやると、カロンは鋭さを持った尾先を振るう。


 ――光がその場に溢れた。




   *




 溢れんばかりの光。

 それは星の瞬きに似ている気がして、強烈で鮮やかな、幼い頃のあの記憶を揺り動かす。が。


 ――ピィィイイイィィイイ、耳に音が突き刺さる。


 突として耳をつんざいた音が何かの鳴き声だと認識した時、ティシェに影が落ちた。

 はっとして瞬時に意識を切り替え、腰に下げる短刀へ手を伸ばす。幼い頃の記憶に囚われている場合ではなかった。

 そのおかげで反応が数瞬遅れてしまった。

 短刀を引き抜き、構える――前に、ティシェは強い力で後方へと引き倒される。

 ひっくり返った視界に映ったのは金の鱗。グローシャのものだ。彼女に引き倒されたのか。

 身を起こせば、既に状況は次へと移っていた。

 ティシェの前に立ちはだかり、尾先を眼前の存在へと突きつけているカロンの姿があった。

 尾先を飾る鉱石に似たそれが、落ちる木漏れ日を鋭く鈍く弾いている。

 カロンの眼光も鋭く、目の前の存在を睨みあげる。

 グローシャは腹の下にティシェを庇い、被膜を広げて威嚇体勢だ。

 グルルルゥ、威嚇音が這うように低く重く響く。が、すぐにこれが、グローシャから発せられているものでないことに気付く。

 カロンのものでもない。だとすると、これは相対する存在のものだ。

 ようやく思考が現状についてくる。ティシェがカロンと対峙する存在へ視線を投げる。

 白い、羽根。だが、その体躯は鳥のそれではなくて――竜のそれだ。

 カロンに尾先を突きつけられ、出方を窺うような警戒滲む天色の瞳。


「……やはり、お前か」


 予感めいていたものが確信に変わる。

 目の前の竜は、見覚えのある竜――風竜だった。

 ならば、とさらに向こうへと視線を投じようとした時。


「――アーリィ、ストップ!」


 彼の声がした。




 縁はひらりと舞い込む――。

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