灯は大人な竜


 小屋の反対側に周り込めば、グローシャの思った通りに竜舎があった。

 竜と共に旅をする者は多くはないが珍しくもない。ゆえ、こういった道中に建てられる小屋にも、竜舎がよく併設されている。

 グローシャでも楽々と入れる間口。戸口から顔を覗かせて竜舎内を見やれば、竜一頭分の広さと干し草が十分な程に設えられていた。干し草は少しだけ古い匂いはするが、清潔さは保たれていて問題はなさそうだ。

 竜舎に足を踏み入れ、干し草の上に身体を伏せたグローシャは、そっと慎重に背のティシェを下ろしていく。

 そして、己の懐に抱えるように自身の方へともたれかけさせる。いつも彼女が自分にもたれるように。

 ピルルルゥゥ。ティシェに小さく呼びかけてみるも、彼女は浅い呼吸を繰り返すだけで応える様子はない。応える気力がないのか、はたまた眠っているのか。グローシャでは判ぜられなかった。

 さて、どうすればいいのか。とりあえず、人がこういった状態に陥った時は温かくするのがいい。たぶん。

 それはグローシャが人と過ごす中で見て、知ってきたこと。ティシェと旅に出るまで過ごしていた里で、幾度も見てきたことだ。

 では、そのためにすべきことは。グローシャが小さく唸った時、竜舎の戸口から、とぼとぼとした足取りでカロンが入ってきた。

 しょんもりとした様子のカロンが、気遣わしげに紅の瞳でグローシャを見上げる。そして、グローシャに抱えられているティシェを見た。

 ぐったりとしたティシェの姿に、そこで初めてカロンは、彼女が自ら動く気力がないことに気付く。そして、もう一度グローシャを見やる。彼女が小屋ではなく、竜舎の方へと来た理由がわかった――ティシェが自ら動けないからだ。

 カロンがぼぉーとしている間も、グローシャは自身の背に積まれた荷物や鞍を何とか自力で下ろし、その荷物から掛布を引っ張り出している。グローシャはティシェにその掛布を掛けてやると、尾もくるりとまわして彼女を包み込むように抱えた。

 ぽわぁ、と。グローシャの身体が仄かに明滅し始めたのは、彼女が体内に抱く灯の明滅が透けるから。

 尾先の鉱石に似たそれも、仄かに明滅を繰り返し始める。ほんのりとした優しい熱が竜舎内を温め始めていた。

 カロンはその様を茫然とした面持ちで見ていた。そして、視線を足下に落とし、項垂れる。

 その時初めて、カロンは自分が小さいことを自覚した。




 竜舎の隅で身を丸めていたカロンは、近寄る夜の気配に顔を上げた。

 明り取りの窓から覗く空が、夜へと塗り替えられ始めている。

 竜舎の中も薄暗くなっているはずが、グローシャからもれる灯で仄かに明るい。

 灯の明滅で揺れる陰影が目についたが、その影に潜む気にはならなかった。そもそもが、潜む気があったのならば、とっくに影に身を沈ませている。それをしなかったのは逃げになる気がしたから。

 ちっぽけな矜持だ――自分にだって、やれることはあるはず。けれども、結局はみつからなくて、こうして隅で丸くなっているだけだった。

 あれからティシェはあのままで、浅い眠りを繰り返しているようだった。

 グローシャは彼女に寄り添ったまま、カロンに目を向けることも気を向けることもない。

 ティシェとグローシャ。そこに疎外感を覚えてしまったのは、どうしてだろうか。

 そんな鬱々とした気持ちを抱えながら、カロンは静かに立ち上がり、音を立てないようにそっと竜舎を抜け出した。

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