影は幼き竜
小道を進んでいくと、小屋が見えてきた。
カロンの言う『いえ』はあの小屋のことだろう。
確かめるように「ピルゥ?」とグローシャが後ろを振り向けば、カロンがそうだよと首肯する。
とたたとカロンはグローシャの横を走り抜け、小屋の戸口に立って背伸びをする。前足を懸命に伸ばしてノブに届くと、器用にそれを回して扉を開けた。
嬉しさに紅の瞳をきらめかせ、カロンがグローシャを振り返る。さあ、入って、とグローシャを促した。
が、そんなカロンに対して当のグローシャは、少しだけ難しい顔をして彼を見下ろす。だが、彼がグローシャの様子に気付くことはない。
満足そうなカロンの様子に小さくため息をもらし、グローシャは渋々開かれた扉から顔を覗かせて中を見やる。
小屋の中は寝台と炊事場。寝台は簡素な造りながら、綺麗にシーツ等は設えられており、定期的に人の手が入っているのかもしれない。
炊事場があることから、人が休息を求めて訪れることを目的とした小屋だろう。
グローシャも、ティシェがそういった小屋を利用するのを旅の最中で何度も見たことがあるから、この小屋が建っている意図も理解出来るし、各地に建てられているのも知っている。
けれども、今の現状でこの小屋が利用出来るかはわからないし、たぶん、難しいだろうなということはわかる。
なにせ、利用する本人であるティシェが自ら動けない状態だ。なにより、小屋の中にグローシャは入れない。壊してもいいのならば押し入ることは出来る。が、それはグローシャにとって利点のある行動ではない。
カロンでなら可能だろうが――グローシャはカロンを見やった。
役に立てたと、うきうきと嬉しそうにしていたカロンが、グローシャの視線に気付いて首を傾げる。
状況を判ずるには、カロンはまだ幼い。『いえ』があればティシェは休めると思っている。それは間違っていない。けれども、そこにティシェの『体調』は含まれていないのだ。
でも、彼は己に出来ることを精一杯にしている。小屋の扉を開けてくれた。そこは素直に評するべき点だ。
グローシャは「ピルル」と一つ鳴いてカロンに礼を告げると、小屋の反対側へ周るべく再び足を動かす。
彼女に礼を言われ、てへへと一瞬照れたが、踵を返すグローシャにしばし呆ける。
どうして、と慌ててグローシャを追いかけ、その前へと躍り出る。だが、グローシャは彼に構わずにずんずんと足を進めていく。
その態度にむっとしたカロンが「カロォッ!」と批難の声を上げれば、ぴたりと足を止めたグローシャが振り返り、「ビルッ!」と鋭い声を一つ上げた。そこにはらむ怒の色。うるさい、と叱られた――その事実にカロンは硬直する。
ふんっと鼻を鳴らし、グローシャはカロンに背を向け、そのまま小屋の反対側へと行ってしまった。
残されたカロンは、しばらくその場を動くことが出来なかった。
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