Episode 6.影は踏み出し竜と成す

少女と竜は休息を求める


 深い森から抜けたとはいえ、やはり森が続く景色に変わりはない。

 それでも深い森と違うのは、人の手が入っていることか。

 最低限に抑えられてはいるが、街から街を繋ぐ公道が整備されているのは、旅をする身としては有り難い。

 舗装はされていないが、整備の行き届いた公道は平坦で歩きやすい。

 一人と二頭は、今日も森に敷かれた道を歩いていた。




 最初に異変に気付いたのはカロンだった。


 空へと抜ける風が心地よい日和。

 陽光も丁度良く、いい感じに濃いティシェの影にカロンは潜んでいた。

 小鳥のさえずりが響く中、ティシェはゆっくりとした足取りで道を歩き進む。その少し手前をグローシャが歩いている。

 人の手が入った森の一角。道中に獣と遭遇することもない。

 整備された範囲の外へは基本的に足を踏み入れない。それが森を通り抜ける際の暗黙の了解だ。

 人は人の領域で、動物は動物の領域で。上手い具合に棲み分けが出来た森。

 居心地がいいなあ、と。カロンはティシェの影に潜みながら、その心地よさを味わっていた。

 始めに感じた変化は些細なもの――影の中、微妙な温度の違和を抱いた。

 影の中から紅の瞳を瞬かせ、ティシェの様子を伺う。

 その際に彼女の足運びに再び違和を抱く。ここのところ数日の彼女の足運びは、普段のそれと異なる急ぎ足だった。

 それが今はどうだろう。ゆっくりとしたその足運び。

 気が落ち着いて、ゆっくりとこの森の心地よさを楽しむことにしたのだろうか。

 ここ数日のティシェは――そう、あの街を出てから、まるで何かに急かされているようで。カロンが心配していることにも、きっと彼女は気付いていない。

 人の言葉を扱えるようになってきたけれども、幼く拙い言葉しか持っていないカロンには、ティシェに届く言葉は持っていない。それが悔しい。

 と。そんな己の思考に耽っていた時、異変は起きた。

 ティシェの身体が突として傾ぎ、カロンは紅の瞳を見開く。考える間もなく、彼は影から這い出て顕現すると、急いで地面とティシェの間に己の身体を滑り込ませた。

 彼女の身体を受け留めようと咄嗟に身構えたが、己の頭に抱く角と鋭い爪の存在を思い出し、慌てて身を地に伏せた。

 自分のこれらは人など容易く傷つけてしまう、というティシェの教えを思い出したから。

 そして、カロンは自身の背でティシェの身体を受け留める形になり、衝撃で潰れた声をもらしながら、目一杯に叫んで先を歩くグローシャを呼んだ。




   *




グローシャは自身の背に固定された鞍へティシェを乗せ、森に敷かれた道を歩き進んでいた。

 ティシェは倒れ込むようにグローシャへと寄りかかっている。

 そのぐったりとした様子に、グローシャはぐるると唸り声をもらした。

 明らかに体調を崩している――そのことに気付けなかった自分に腹を立てる。

 けれども、そのことに憤りを覚えてもいても、ティシェが元気になるわけではない。

 とにかく今は、ゆっくりと休める場を探さなければ。

 グローシャは前を向き、辺りを見回す。

 道から外れることは出来れば避けたい。整備された道を逸れれば、そこは森の領域。

 竜である自分がいるのだから、おいそれと獣に襲われることはないだろうが、数で攻められれば多勢に無勢だ。

 獣は竜を恐れる。が、稀に襲い来る獣もいる。それは竜が秘めたる力のせいだ。しくみなんて知らない。けれども、グローシャ達――竜はそれを生まれ落つる時から知っている。

 この状況で襲われてしまっても、ぐったりした様子のティシェの状態では、空へ逃げることも出来ない。

 不安と焦燥が苛立ちに絡み、気を紛らわすために尾を軽く振る。

 そういえば、休息場を求め、自ら率先して探しに行ったカロンの方はどうだろうか。グローシャは首をもたげて先の方へ視線を投じた。

 道に落ちる木影が不自然に揺れる。見えない何かが移動しているかのように、風に揺れる木とは異なる動きで揺れる影。

 やがてグローシャの前に落ちる木影が不自然な揺らぎを見せる。かと思うと、影がぐぐっと盛り上がって子竜が顕現した。

 グローシャを見上げたカロンが、カロロと鳴いて尾先で斜め先を指し示す。

 その先へ視線を向ければ、道から枝分かれした小道が木々の合間から見えた。

 小道だが整備された道。人の手が入っている道だ。

 それなら、あの小道もまだ人の領域。


「いえ、あった」


 拙いカロンの声に、グローシャは一つ頷いて足をそちらへ向ける。

 小道に入っていくグローシャのあとに続いたカロンは、その背のティシェを心配そうに見上げた。

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