少女と竜は今日も先へと進む
翌朝。ティシェが竜舎の一角へ向かえば、既にグローシャは身支度を終えて彼女を待っていた。
食事付きで頼んでいたため、グローシャも朝食は食べ終えている。
「昨夜は存分に楽しめたか?」
ティシェが片隅に置いていた騎乗用の鞍を手にすると、グローシャが着けやすいようにと身を伏せた。
彼女の背に鞍を放り乗せ、固定していく。
ピッルルッ。ご機嫌な声でグローシャはティシェの問いに応えた。
「そうか、なら良かった」
ティシェの表情は常の乏しいものだったが、その声音からは嬉しそうな気配がもれている。
鞍の次は荷だ。鞍の後ろに荷を積んでいく。
グローシャは自身の背に荷を積んでもらいながら、尾を使ってカロンの相手をしている。
カロンを軽く転がし、尾先を器用に使ってくすぐる。
「私達は宛のない旅をしているわけだが、今回は水晶の泉を目指したいと思う」
荷積み作業をしながら、ティシェが口を開く。
カロンの相手をしつつ、グローシャの橙の瞳がティシェを見やった。
「……星願の竜の伝承があるそうだ」
星願の竜。その言葉に、身を伏せていたグローシャが頭を持ち上げる。
橙の瞳がじっとティシェを見つめた。
まだ探すの――?
そう問われているのを感じて、ティシェは静かに頷いた。
「もう一度、なんてない可能性の方が高いのはわかってる。けど、探さなきゃ。まだ願いは叶ってないかもしれない。なら、まだ間に合う」
ティシェはしっかりとグローシャを見やる。
己を見つめる蒼の瞳に、グローシャはやがて諦めたように嘆息を落とし、仕方ないなあとばかりに、ピルゥ、と一つ鳴いた。
宿をあとにし、街を抜けたところで。
「つかれた」
それまで、歩くティシェとグローシャの後ろを付いてきていたカロンが、立ち止まって一言。
ティシェが足を止め、期待した紅の瞳がそんな彼女を見上げた。
が。
「少しは歩こう。いつまでも甘えたはだめだ」
肩越しに振り向き、カロンを一瞥するだけ。
つまるところ、歩け、と言っただけであり、ティシェは再び歩き出す。けれども、カロンは。
「やだ」
またもや一言。ティシェが今度は身体事振り返る。
物言いたげな視線をカロンに向けるが、彼はふいっと顔を逸らした。
諦めたティシェがカロンの背後に回り、歩くのを促すようにその小さな背を押す。
が、カロンは踏ん張る。びくともしないのは、子竜といえど、やはり竜だからかと半ば感心すれば、自身の影に自身の足を楔の如く縫い留めていたからだった。
「……っ、このっ」
少しばかりの苛立ちがティシェからもれた時、突として隣で熱を感じた。
慣れたその気配に、ティシェは流れる動きで瞬時に目を庇う。
カッ、と。灯りが弾けたのは、それと同時だった。
ティシェがカロンから手を離したその隙に、グローシャが横から彼を持ち上げる。
足留めしていた影がグローシャの灯りで照らされ、一瞬だけだが影が消失し、カロンの足が抜けたのだ。
彼はぷらんと揺れてグローシャの口で咥えられることになる。
そのままグローシャは、のっしのっしとカロンを咥えたまま歩き出す。
カロンは不服そうにカロカロと文句を言っていたが、己の足で歩かなくともよくなったのはいいらしく、抵抗することはなかった。
グローシャの背をしばし見つめ、ティシェはため息をつく。
「……まったく」
軽く肩をすくめ、ティシェもまた歩き出した。
さわりと風が草木を撫で、空へと抜けていく。
晴れた空を背にした鳥が飛んで行く先は、ティシェ達が歩んでいく先であり、その先には何が待っているのか。
少女と竜の旅は続いていく。
これは、少女と竜が旅の宛を見つけたひとこま――旅の一頁だ。
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