影は大きくなりたい


 外の空気を胸いっぱいに吸い込んでから、カロンはやっと息を吐き出した。

 夜になり始めた空気。夜に支配されるのも間もなくだろう。

 夕暮れの空が、まるで夜に怯え逃げるように藍の色へと変わっていく。

 カロンは閉じていたまぶたを持ち上げ、紅の瞳を覗かせる。薄暗い中に紅の瞳が爛とした光を宿した気がした。

 が、それも一瞬のことで、複雑な色を宿した紅の瞳が足下に視線を落とす。

 左右に振れる尾は、居心地の悪い気持ちを誤魔化すため。尾先を飾る丸まった鉱石に似たそれが、空を切って風切り音を鳴らす。

 カロロロロォ。もれた声はまるで拗ねているようで。

 それがさらに情けなさに追い打ちをかけるようで、カロンはぐっと前足に力を入れて地面を爪で掻いた。

 ティシェとグローシャを見て覚えてしまった疎外感。人と竜の姿がそこに在った――完成された姿。

 覚えた疎外感はやきもちか。はたまた羨ましさか。ともかく、あそこに自分の入り込む余地はない。

 その事実に気付いてしまった。

 カロンが顔を上げる。空は既に、夜に支配されていた。

 瞬く星。それは夜空に対して、あまりにもちっぽけな存在だ。


 ――まるで、自分のように。


 ああ、そうか。そこでカロンは疎外感の素を知る。

 己がまだ、子竜だからか。

 ティシェにとっても、グローシャにとっても、カロンはまだ幼い子供な存在で、庇護する対象であって、対等にはなり得ない。

 それが――悔しい。

 濃くなる夜の気配に身を浸しながら、カロンは強く、そう思った。




 さわりと夜風に揺れる枝葉。不意に、そこに実る果実をみつけた。

 たわわに実った大きなそれは、瑞々しくて美味しそうで。ティシェが好きな果実だ。

 爽やかな風味で、さっぱりしていて、仄かな甘味のあるあれならば、ティシェも食べやすいかもしれない。

 カロンの紅の瞳が輝きを宿す。以前にあの果実を穫りに行った際には木から降りられなくなり、ティシェに助けを求めるという情けないことになったが、今なら自力で穫れる気がした。

 それに今は、夜。夜は影竜が最も得意とする時間帯だ。

 よぉーし、と。気合新たにカロンは立ち上がり、濃ゆく広がる影に身を沈ませた。

 夜はいわば、この世で一番大きな影なのだから。

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