星願の竜
「
「ああ、その竜だ」
頷くティシェに、旅人は首を捻って思案顔をする。
うーん、としばし唸ったのち、申し訳なさそうに目尻を下げて、首を横に振った。
「いや、耳にしたことはないね」
「そうか」
「お役に立てなくて悪い」
「気にしないでくれ」
今度はティシェが首を横に振る。
旅人は待ちくたびれてあくびをする地竜の背へ、自身が背負っていた荷を放った。
既に地竜の背にはかなりの荷が積まれており、その上にそれなりの重さの音を立てて新たな荷が積み上がる。
だが、地竜はよろめくこともなく、くわあと大きなあくびをまた一つした。もしかすると、新たに荷が積まれたことにさえ、気付いていないのかもしれない。
地竜はどっしりと構えた大きな体躯。大人が弾みを付けて乗り上げなければ、その背に乗ることが難しいほど。
太さある四肢が身体を支え、大地を踏む。被膜を持たぬ代わりに、地を進み歩くことは他種の竜と比べ、得意な竜と言われている。
ゆえに、人の側近くに在る地竜は、荷運び竜としての姿を多く見かける。
旅人が地竜の背に乗り上がるため、鱗の突起に手をかける。が、何かを思い出したように、旅人がもう一度ティシェを振り返った。
「思い出したよ。目撃情報ってわけじゃないけど、森とは反対方向になる地に、星願の竜の伝承が残ってるっていう話は聞いたことあるよ」
店じまいの作業に取り掛かっていたティシェが顔を上げる。
「それはどこの」
「水晶の泉、と呼ばれる地さ」
旅人はまたティシェの元まで戻ると、丁寧に地図まで広げてその地を示してくれた。
彼が指した箇所を筆記具で印をつける。
その道程を確認しながら、ティシェは「ありがとう」と口にする。
そんなティシェの真剣な表情に、旅人は不思議そうな顔で問いかけた。
「きみは、何か叶えて欲しい願い事でもあるの? 星願の竜なんて、本当にお伽噺みたいな竜で、一生に一度でも出会えれば幸運。出会えない人の方がごまんと居るのに」
ティシェが顔を上げる。
普段の表情の乏しい顔。だが、その表情下でなんと答えようかと思案する。
だが、ティシェが旅人のその問いに答える前に、待つことに飽きた様子の地竜が彼の背を小突き始めた。
大きな体躯の竜だ。地竜が小突いただけのつもりでも、人の身である旅人からすれば、それはたたらを踏んでしまう程度には衝撃が強い。
「ああ、わかったわかった」
地竜を振り返り、硬さのある鱗をべしべし遠慮なく叩いて宥めたあと、旅人はティシェを振り向く。
「悪いね。おれはもう行くよ」
「気にしないでくれ。こちらこそ、情報をありがとう」
両手を合わせ、話の途中ですまんね、と旅人は謝ると、地竜の鱗の突起に手をかけ、反動をつけて一気にその背へと乗り上がった。
のっしのっしと、ずっしりどっしりした足取りで、地竜が広場を出て行く。
その姿を眺めていた街人からは、すげぇ、や、大きいねぇ、などの小さな歓声の声が聞こえてくる。
ティシェも店じまいだと、広げていた灯種や布などを片し始めた。
片し中の最中、ちゃりんちゃりんと聞こえる硬貨の音に顔を上げると、そこには戻って来ていたグローシャが居た。
彼女が首からさげた布袋にはおひねりらしき硬貨が覗き見え、思わずティシェはグローシャの顔を見やる。
ちゃっかりしているグローシャに、ティシェは呆れの嘆息をもらし、彼女は得意げに鼻を鳴らした。
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