他人と他人なれば


 押し切られてしまったティシェは、差し出されたものを美味しくいただいた。

 旅先であっても、美味しく温かな料理が食べられる有り難さは、なんとも身に沁みるなと思いながら、トールの変化に戸惑っている自分に気付く。

 だが、確かにこの場で終わる関係であるのだから、そこについて深く考えてもティシェに益はない。

 トールの言う通りだなと、それ以上深く考えることはやめた。


 その後、調味料もあるよと言うトールに、グローシャの強請るような圧の視線に負けたティシェは、物々交換で彼から調味料の一式も買った。


「灯竜の灯種あかりたねが手に入るなんて、雨に降られたかいがあったのかも。ティシェさん達が灯り屋で助かったよ、丁度灯種これを切らしてて」


 そう言いながら、トールは荷鞄からさげていたランタンを取り、グローシャが洞穴内に浮かぶ灯の珠を潰して圧縮した灯種を入れる。

 トールがランタンのつまみを少し回すと、ランタンから煌々とした灯が溢れ出した。

 すぐにつまみを回して灯を収める。


「これでしばらくは、夜の道中の灯にも困らないね」


「そのランタンは灯竜灯とうりゅうとうの機能も付いているのか」


「まあ、商人だから――」


 軽い驚きを滲ませたティシェに、トールはにこりと笑顔を浮かべて答えた。

 商人なのだから、珍しいものを持っていても不思議じゃないでしょ――そう、言外に言っているようだった。

 灯竜灯とうりゅうとうとは、灯竜の灯りを成す器官を模した照明器具のことだ。

 一般的な吊り下げ型移動式照明器具ランタンならば、火油などを燃料に炎から明かりを得られれば十分なところを、トールの持つそれは、灯竜灯の機能もあるらしい。

 灯竜灯は先程グローシャがしたように、灯竜から得られる灯の珠の素である灯種から灯りを得る代物だ。

 そんな燃料の異なる二方式の機能を持つランタンは珍しいだろうけれども、しかし、ティシェは端からそれ以上を追求するつもりもない。だから「そうか」とだけ返したのだった。




   *




 夜も更ける頃。

 ざぁああ。垂幕の向こうから絶えない雨音も、少しばかりは弱まった気がする。

 洞穴内を照らす灯の珠は、その光量を落としてぼんやりと照らす程度。

 先までは見通せなくとも、手元の把握には十分だ。

 ティシェは雨音から背を向けるように、膝を抱えて身を丸めた。

 そんな彼女をグローシャが身を丸めて抱え込む。

 カロンは濃くなった夜闇に身を浸すように、広がった影に沈んでいる。

 すぴすぴと小さな寝息があちらこちらから移動して聞こえるのは、眠りながら影の中を揺蕩っているからだろう。

 光量を落とした灯の珠が、ぼんやりとした軌跡を描きながらティシェ達から離れていく。

 離れたところで寝袋に入り込んだトールの背を、それは薄ぼんやりと照らした。

 その傍らには、鳥のように翼ある前足に顔を埋めて眠る、風竜アーリィの姿もある。

 ティシェらに背を向けて眠る姿はまるで、見えない壁があるかのようで。

 そしてまた、背を向けているのはティシェに気を許したからではない。

 トールがアーリィを信頼しているからだ。

 その証拠に、ちらりとトールへ視線を投じたティシェに、アーリィが薄暗い中でもわかるように、その天色の瞳を細くして凝視している。

 滲むは鋭い警戒の色。だから、トールはこちらに背を向けて眠れるのだ。

 それに対して威嚇するように、ぐるるとグローシャが小さく声をもらした。

 それはまた、ティシェも同じなのだけれども。

 こうしてグローシャが居てくれるから、他人と同じ空間内で眠ることが出来るのだ。

 ティシェはグローシャを宥めてから、トールらに背を向けてその夜は眠った。


 同じ寂寥ものを抱えているのだなと、どこか近くに感じてもいたが、所詮は他人。

 それも互いに初めて面を見やる相手ならば、この距離が一般的――いや。むしろ、これでも近いくらいなのかもしれない。




 ざぁああ。遠く、雨音が鮮明に聴こえる――。

 そこに絡みつく寂寥と、そこから繋がる、奥底に沈んだ記憶を揺り動かしながら。

 けれども、それには気付かぬふりをして。

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