青年と風竜


「――ラッフィルともはぐれちゃったしなぁ」


 ざあああ――。

 草木を打ち付ける度合いが増した雨に、その青年は被る外套の下から、目だけを動かして空を見上げた。


「彼ならどっかで雨宿りしてるだろうけど、問題は僕達か……」


 夜に溶けてしまいそうな、黒色をした前髪がさらりとこぼれる。

 そこから滴る雨水を青年は軽く手で払った。


「……こんなに降られると、もう木の下ってわけにもいかないしね」


 雨宿りにと適当な木の下で雨をやり過ごそうとしたが、増す雨足についに限界を悟り、青年は本格的に雨が凌げそうな場所を探すことにしたのだ。

 ――フルルゥッ。

 そんな彼を背に乗せた風竜ふうりゅうが不満げに唸る。


「ごめんって、アーリィ。そうだね、君の言う通りにさっさと探せばよかったんだよね」


 苦笑を浮かべながら、青年は風竜の首筋を撫でた。

 雨に打たれながらも、そのふわふわとした触り心地を損なわせない羽毛を持つ風竜。

 雨を弾く羽毛を持つとはいえ、それは彼女が日頃から羽繕いを丁寧にし、その手入れを欠かさないゆえであって、好んで雨に打たれたいわけでないことを青年は知っている。


「さあ、アーリィ。これ以上濡れないためにも、もう少し僕に付き合ってくれないかな?」


 青年は外套を深く被り直し、風竜――アーリィが頭に抱く二本角に手を置いた。

 アーリィは仕方なさそうに小さく嘆息を一つ落とし、止めていた足の歩みを再開させた。

 彼女の背に積まれ、青年の背後にある積荷が動きに合せて揺れ、その音は様々な音を立てる。

 青年は一度振り返り、積荷がしっかりと荷鞄に守られているのを確認する。

 と、そんな時だった。

 突として、夜の森がほんのりと照らし出された。

 しかし、それは一瞬のことで、すぐに夜の森は夜闇に包まれる。

 アーリィが歩みを進めていた足を止めた。


「アーリィ……?」


 背後の積荷を見ていた視線を前に戻し、青年はアーリィの顔を覗き込む。

 彼女の晴天の澄んだ空を連想させる天色あまいろの瞳が、一点を見つめていることに気付き、青年もそろそろと視線を投じた。


「あ」


 ぽわぁ、と夜闇に浮かぶ光――否、あれは灯の珠。

 それは一珠だけでも、夜の森を進み歩くのには十分な程の光量を持っている。

 そんな灯の珠を生み出せるのは。


「灯竜――ってことは、うまくすればお邪魔できる、かも……?」


 竜がいる。灯竜は穏やかな気性だと聞くし、竜の邪魔をしなければ、同じ場での雨宿りも許してくれるかもしれない。

 一つの希望を抱いて、青年はアーリィの角に置いた手に力を込めた。

 それを敏感に感じ取り、青年の思惑を察したアーリィは、灯の珠が飛んできた方向へと足を走らせた。




   ◇   ◆   ◇




 ――カッ。

 と、強く放たれた光が洞穴内を白く染めあげる。


「――お前っ」


 反射的な動作で目を庇ったティシェは、視界が焼かれることから免れた。

 そして、表情の乏しいその顔に、僅かながらの渋面が浮かぶ。


「暗い中で光を放つ阿呆がいるかっ」


 蒼の瞳が向けられると、グローシャはそっぽを向いた。

 てしてしと尾先が地面を軽く叩く。

 そのグローシャの態度が、面白くない、と全身で言っており、ティシェは小さく嘆息をもらした。

 カロンは大丈夫だろうか。ティシェが彼の姿を探すと、その姿はすぐに見つかった。

 荷のすぐ近く、その影から紅色の双眸が様子を窺っていた。

 咄嗟に影に飛び込んだらしい。


「カロン」


 名を呼ぶと、彼はゆっくりと影から這出て――身体の半分が出てきたところで、ぴたりと動きを止めた。

 ぱちくりと紅の瞳が瞬き、垂幕を凝視したのち、とぷんっとまた影に潜り込んでしまう。

 カロンの行動に一つ思い至ったティシェが垂幕を振り返る。

 グローシャもまた垂幕へ視線を投じていたが、警戒する様子もないので、少なくとも害意ある者ではないのだろう。

 ティシェが垂幕へ静かに歩み寄り、それを持ち上げる。

 ざあああ。雨足の増した激しい音が洞穴内に入り込む。


「入るといい」


 雨の中に立った青年が、傍らに白き竜を伴いながら、驚いたような色を湛えてその瞳を見開いていた。




―――――

昨日の更新で追記を忘れていました。

全六話構成になります。

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