Episode 4.雨夜に触れる寂寥は

少女と竜は雨宿り中


 ざぁああ。

 雨が草木を打ち付ける音は、まるで世界に取り残されてしまったように感じられて、その寂寥感にティシェは口を引き結んだ。

 雨音はいつもティシェに寂寥を運び、奥底に沈んだ記憶を揺り動かす。


「――っ」


 胸をざわつかせる過去の寂寥から逃げるように、持ち上げていた垂幕を下げて洞穴の奥へと戻った。

 穴口に幕を垂れさせているのは、雨音と冷えを遠ざけるため。

 洞穴の奥ではグローシャが身を丸めており、彼女が漏らした灯の珠が洞穴内を照らしている。

 グローシャが姿勢をくつろげてもなお洞穴内は広々としており、灯の珠が照らさぬ先は薄闇が漂う。

 その薄闇の中を影が泳いでいる。


「雨はやみそうにない。今日はこのまま、ここで野宿だね」


 ピルゥと応えの声を返し、グローシャはティシェの方へと身体を向けた。

 ティシェは彼女の背から騎乗鞍と荷を下ろしていく。

 背から重みがなくなった開放感から、グローシャが筋を解すように伸びをする。

 ティシェはゴーグルと飛行帽を脱いで、荷の傍らに立てかけた。

 雨ですっかり濡れてしまったが、この程度ならば、グローシャから発せられる熱で直に乾くだろう。

 洞穴内もそのおかげでほんのりと暖かい。

 はらりと落ちた白銀の髪を髪紐で一つに結わえると、肩口で髪先が揺れた。

 温まった空気に触発されてつなぎを上体部分まで脱ぎ、薄着になったところで袖をまくり上げる。

 と。薄闇で泳いでいた影がにゅるんと顕現した。

 灯の珠に照らされ、夜色の鱗が鈍く灯りを弾く。

 暗がりを好む影竜えいりゅうゆえか、薄闇をすっかり満喫した様子のカロンだ。

 ティシェのもとまで駆けて来る。その足取りはご機嫌で歩幅は大きい。

 そして。


「だっこ」


 カロンは後ろ足で立ち上がり、前足を上げる――抱き上げろの催促だ。

 拙い声なのは変わらずだが、それなりに発音はしっかりしてきた様子にティシェは苦笑する。

 もう、本当に後戻りは出来ない。

 見上げてくるあか色の瞳に、ある種の諦めと覚悟を持って、ティシェはカロンを抱き上げた。




 ざぁああ。

 垂幕の向こうからは変わらず雨音が聞こえ、それはいつの間にか夜の気配もまとい始めていた。


 火を熾し、鍋で湯を沸かし、乾物を放り込み、それが柔くなった頃合いで食す。

 ちなみにだが、調味料の類は切らしていて素材のままだ。

 ティシェはいつもの乏しい表情下で野菜を食し、グローシャは味気ない肉を食む。

 てしてし、と何かを軽く打つ音がし、ティシェは口の中の野菜を飲み込んでから振り向く。


「素朴な味がしていいじゃないか」


 振り向いた先。グローシャが尾先で軽く地面を叩き、干し肉を柔くしたものを盛った器を前足でつついていた。

 ビルルゥ。ちょっと不満げな声。

 不機嫌そうなグローシャの橙の瞳が、ただの肉には飽いたと訴えている。


「仕方ないだろう。味付けの類は切らしているんだから」


 常の動かぬ表情で、ふっ、とティシェは短く嘆息を吐く。


「カロンはたらふく食ったようだぞ」


 ティシェの蒼の瞳がカロンを見やり、グローシャもその動きを追うように彼を見やる。

 けふぅ、と満足げ息を吐いたカロンが、ごろんと腹を上にして寝転んでいた。

 お腹いっぱいとでも言いたげなカロンに、ティシェは手を伸ばしてその腹を擦ってやる。


「食いすぎだろ」


 常はあまり動かぬティシェの表情が、小さく僅かに笑みの色がはらんだ。

 瞬間、グローシャはむくれた。

 自分との反応の差に、少しだけむっとした。

 そして――カッ、と。

 グローシャは自身の体内と、周囲を照らすために飛ばしていた灯の珠の光量を、一際強く放った。

 それは洞穴内を照らし出し、垂幕から溢れ出た光量が、夜の森までをもほんのりと照らす程のものだった。

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