竜の在り方を
「……現金なやつめ」
遠目に薄ぼんやりとその光景を眺め、ティシェは一人ぼやく。
足を広げ、足裏を付けた体勢で座るティシェは、背を丸めて膝に肘を置いた手で頬杖をついた。
グローシャはティシェの傍らで身体を横たわらせている。
さわあと吹き抜ける風が、今は飛行帽を脱ぎ、肩口で切り揃えられたティシェの白銀の髪を揺らす。
ティシェの視線の先では、カロンがご満悦な表情で甘えた声を出していた。
そんな彼を花竜の一頭は、地に身体を伏せ、大事そうに前足で抱えて、頬を擦り寄せたり、鼻面を押し付けたり、舌を使って身綺麗にしたり、甲斐甲斐しく世話をしている。
あれではまるで。
「……親、みたいじゃないか」
カロンと花竜を見つめる蒼の瞳が、何かの色をはらんで揺れ動いた。
それでも、ティシェの表情は常の通りに乏しいまま。
始めは恨みがましい目でティシェを睨んでいたカロンも、花竜の甲斐甲斐しさに次第に絆され、今では甘えてまでいる。
ティシェは息を落とした。
胸に凝った何かを吐き出すような、少しばかり重い息。
あれが竜の親子の姿、か――。
あの花竜達は番なのかもしれない。
そして、何らかの理由で今は子がいない。
巣立ったのか、亡くしたのか。
それはわからないが、花竜とカロンの姿は、ティシェにそう感じさせた。
ティシェがごろりとグローシャの方へ倒れ込む。
体重にまかせて倒れ込んでも、竜のがっしりとした身体は微動だにしない。
「――なあ、グローシャ?」
グローシャの鱗に頬を寄せながら、ティシェが静かに問う。
触れた箇所から、ほんのりとグローシャから発せられる熱を感じた。
グローシャが頭をもたげてティシェを見やる――何かを咀嚼しながら。
あにあに。もしゃりもしゃ。
蒼の瞳がグローシャを見上げ、ぱちりと瞬く。
「……何をしているんだ」
問われたグローシャが、くいっと視線で指し示す。
その視線を追えば、カロンを抱えていないもう一頭の花竜がいた。
カロン達から少し離れた場所で、その身をぶるりと震わせる。
と。
「おっ、と」
ティシェに向かって何かが飛んで来る。
それを彼女は手を伸ばして難なく受け止めた。
手で掴んだものを見ると、それは手の平程の大きさで。
「種だ」
ティシェが身体を起こし、その種子をまじまじと眺めていると、横からにゅっとグローシャが首を伸ばす。
そして、ティシェの手から種子を奪った。
あ、とティシェが顔を上げた時には、種子はグローシャは口の中で咀嚼されていた。
表情は乏しいままに呆気に取られるも。
「…………腹、壊すなよ」
それだけは言っておいた。
花竜はどうやら、身を震わせることによって、種子を振り落としているようだった。
だが、その様子はまるで、身体についたものをしきりに身を振ることで、振り落とそうとしているようにしか見えない。
身体に花を生す竜。その花が別の生態を持っているのならば、次に繋ぐために種を落とすことも考えられる。
それは生命の廻りなわけだが、花竜にとってのそれは、鱗に引っかかって鬱陶しい以外にないのかもしれない。
「これが花運びの原理か」
花竜が舞い降りた地には、新たな花の園が生まれることがある。
それが花運びと呼ばれる所以なのだが、彼らにはそういった意図はなさそうだ。
ああ、それに。とティシェはもう一つ思い出す。
彼らには花運びともう一つ、春告げの謂れもあった。
花竜は暖かい地で暮らす種であり、暖かさを求めて渡りをする竜でも知られている。
ゆえに花竜の姿を見る機会が春先に多く、またその鳴き声から――別名、春告げの竜と呼ぶ者もいる。
そういえば、そんな時期だなあと薄ぼんやりと思った。
ティシェは傍らのグローシャへ寄りかかる。
彼女は種子を食べてある程度腹が満たされたのか、今度は呑気に寝息をたてている。
あれだけ花竜を警戒していたというのに、敵意がないことに気付けばこの調子だ。
グローシャの首元の柔い白の毛に手を這わせながら、ティシェは一人、細い息を吐き出した。
蒼の瞳が少しだけ揺らぐ。
「なあ、グローシャ。カロンはやはり、竜の親と在った方がいいと思うか……?」
未だじゃれ合うカロンと花竜へ視線を投げた。
そこに映るのは竜の親子の姿だ。
「旅先で出逢えれば、あの子を親元へ返そうと思ってた。そのつもりで、あのときカロンを拾ったんだ」
目を閉じれば思い出す。
カロカロと、暗く湿った木陰の下で鳴いていた幼い子竜の姿を。
近くに親の気配もなく、竜の気配もなかった。
自然の摂理にまかせるのならば、あそこで手を伸ばすべきではなかったのだ。
けれども、ティシェは手を伸ばしてしまった。
それだけではない。カロン、と名まで与えてしまった。
唇を小さく噛む。
わかっている。あの日のカロンと、己の境遇を重ねてしまったからだ。
グローシャの首毛に這わせていた手が動きを止めた。
「グローシャはいいんだ。お前は人と共に在ると自分で決めて、私と一緒に居てくれてるんだから」
だが、カロンは違う。彼は自分の意志でここまで来たわけではない。
それに対して、ティシェは近頃胸をざわつかせる。
それがより深まったのは、カロンが人の言葉を操り始めてからだった。
まだ成長途中の子竜だからだろう。竜の声帯では人の言葉を発せられないはずなのに、彼はそれを可能にし始めてしまっている。
これ以上はだめなのに。帰れなくなる。
いや――もう、無理か。
ティシェは何かから逃げるように、身を丸めた。
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