舞い降りるは花の竜


「……好戦的じゃなくて、好奇心の方だったか」


 たまにそういった竜もいる。

 他種の竜に興味を持ち、交流をはかろうとする竜が。

 二頭の竜を前にしながら、ティシェは力の抜けた声で呟いた。

 ハルルルルゥ。ハルルゥ。二頭の竜が鳴く。

 体躯はグローシャよりも一回り近く大きく、鱗は桃色――否、桜色と表した方がしっくりとくる。

 だが、その鱗が竜の動きに合わせ、波打っているように見えた。

 ああ、なるほど。かの竜は。


「――花竜かりゅうか」


 花竜。名の通り、花の竜だ。

 その二頭のうち、一頭がティシェらを振り返る。

 新緑を思わせる翠の瞳が、ティシェの姿を認めた――いや、その腕に抱いたカロンの姿を認めた。

 ティシェの蒼の瞳が瞬く。

 その瞳を花竜の翠の瞳が見つめ、様子を窺うような動きで、そろりと前足をゆっくり踏み出す。

 そして、翠の瞳がティシェを観察するようにじぃーと見つめる。

 ティシェが逃げる素振りを見せずにいると、今度はのっそのっそとその距離を詰め始めた。

 花竜が動く度、鱗がさわと音をたてる。その音はまるで、風にそよぐ草花のように穏やかで。

 ティシェは眼前まで花竜が迫って来たことで、それを実感した。

 比例するように、あの華やかでありながらも優しい香りが強くなる。

 書物の一節、その挿絵でしか見たことがなかった姿。

 花竜の身体を覆う花々。桜色をしたその花々から、土色のような花竜本来の鱗が覗く。

 この花々は鱗と鱗の間から生っているのか、もしくは鱗を養分としているのか。

 しかし、その様が花竜の名の所以。

 ティシェが動かぬ表情下で関心していると、グローシャの警戒音が強くなった。


「――グローシャ」


 ティシェが彼女の名を呼ぶと、ぴたりと警戒音が止む。

 ぐるるとする小さな呻き声は、グローシャの不服げな声。

 だが、彼女はティシェの意に従う。橙の瞳に警戒を滲ませたまま、そろそろとティシェの後ろに下がった。

 花竜はそんなグローシャのことを気にする様子はない。

 というよりも、グローシャを見やる翠の瞳は優しげだ。微笑ましげな色さえはらんでいる。

 それに彼女も気付いたようで、少しだけ怯んだ気配がした。

 そして、花竜がティシェを――カロンを見た。

 見つめられたカロンは、びくっと大きく身体を震わせる。彼の爪がティシェの身体に強く食い込んだ。

 花竜がティシェへと視線を投げる。

 ハルルゥゥ。響きが先程のものと違う、何かを乞うような。


「――……」


 蒼の瞳が瞬く。なんとなくの予感がした。

 ティシェは爪が食い込むほどにしがみついているカロンを引っ剥がす。

 カロンが弾かれたようにティシェを見つめ、その紅の瞳に驚愕の色を滲ませる。


「……あとで返してね」


 ティシェが一言、花竜に告げた。

 その言にカロンが衝撃を受ける。

 裏切られたとばかりに、まるでこの世の終わりのような色をまとったカロンを、ティシェは花竜に差し出した。

 花竜は一つ鳴いて応えると、ティシェの視界いっぱいに顔を近づけ、くわぱっと大きく口を開ける。

 勢いよく吐かれた息がティシェの飛行帽をずらし、その息からはどうしてなのか土の匂いがした。

 大きく開けられた口から覗き見えるずらりと並んだ花竜の鋭い牙に、カロンは今度こそ悲鳴を上げた。

 舌足らずな言葉で、食べられる、と。

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