第9話 罪と罰

 「はいこちら〇〇署です。」

 落ち着いた警察官の声がした。

 「外国人の恋人が荷物を送付するといってやりとりしてたのですが、

  追加の関税分を僕に負担しろと言うんです。脅されて怖いです。

  学生の僕にはとても払えません。どうしたらいいですか。」

 少し沈黙した後、警察官は言った。

 「それは詐欺です。今から署に来れますか?」

 「え、詐欺?! 人間関係のもつれではなくて??????」

 あきらは崩れるように力が抜け震えだした。


 

「では、被害届を受理致します。何かあったらご連絡ください。

 お疲れ様でした。」

 巡査部長は優しい声で翠に言った。

家に帰ると振り込んだ銀行から振り込め詐欺救済の手紙が来ていた。これから書類を記入し手続きしなくてはいけない。空白の欄にすーっと魂が抜けて落ちていくような目眩めまいがした。


 数か月後、

 「特殊詐欺の犯罪者集団の拠点に一斉捜査が入りました。」

 講義終わりの夕方付けっ放しにしていたテレビから聞こえてきた。

ライブニュースで特殊詐欺犯罪者集団の検挙の様子が実況される。

 「日本含み数か国でSNSやメールなどを利用した特殊詐欺を行っていた

  犯罪者団体の拠点が、日本にあることが判明しました。」

 灰色のビルが映し出されそこの前には報道陣や大勢の警官が集う

ビルの狭い入り口から捜査員と布でくるまれ顔を隠した犯罪者がぞろぞろと出てくる。

と、途中で風にあおられ布がめくれ、そのうちの一人の黒色の長い髪がなびくのを見た。そして色白の横顔…目はこげ茶ではっきりとした二重瞼だ・・・。

(彼女だ。)翠は笙鈴しょうりんだと気づいた。笙鈴は一瞬カメラを睨みつけた気がした。


 テレビ画面に笙鈴の写真が映った。訳のわからないカタカナの名前と知らない国名だった。つまり名前も違い、中国人でもなかったのだ。

(貧しさが、嘘をつくったのか?)

 盧溝橋事件(1937年7月7日)の前の1936年2月26日に日本で青年将校によるクーデター“二・二六事件”が起こったことを思い出した。

時の昭和天皇は首謀者の主張を否定し彼らは"反乱軍“とされた。

 翠は乾いたTシャツのタグをなぞる。”Made in CHINA“

机に出したままのノートPCは”Lenobo“

 「このノートパソコンは香港メーカーだっけかな。」

第二次世界大戦で被害にあった中国は、経済成長を遂げ今やGDPでは世界2位。そして日本に対してもその価値を認め与え合うように観光に訪れ経済を潤していく。

(過去の過ちは許されないこと、だけど二国、否、世界の間に自己中心的な欲望ではなく、愛がきっと、あるはずだ。)

小腹が空いたので味噌汁を飲もうと、乾燥わかめを取り出す。裏面を見た。

「やっぱり中国製かぁ。」

 お椀の中にワカメはからからと落ち、注ぎ込むお湯の中で柔らかく湯を吸い込み始めた。

 「僕はそんなに悪いのかな?

  犯罪なんてしたことないし、いつも周りの顔色を気にしている。

  貧乏しても頑張って勉強している、国公立大学には受からなかったけど。

  こうした弱い自分の欠点を人のせいにせず、

  ひとつひとつ受け止めて進んでる、そうだよね。」

 笙鈴という名前でもない女の子の顔が浮かぶ。でも、果たして彼女がしたことを許せるのだろうか。

 「国籍、関係なかったのではないだろうか。

  戦争犯罪者と僕、同じだとは思えない。

  今の世だって犯罪を生業にしている暴力団がいる。

  死の違法薬物で一体何人の人が騙され命を吸われてきたのだろう。

  僕たちとは違う。」

 味噌—日本製…。広がったワカメに味噌を溶かしていった。

汚れてしまった二国の罪を溶かして互いを繋ぎ留めるように…。



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