第8話 偽善者

 それから、笙鈴しょうりんと何回か日本で会った。

 「仕事は?生活費は大丈夫なの?」

 時々、あきらは心配になって聞いたが、

 「ダイジョウブ。」

 と笙鈴は言うだけであった。


 その後、笙鈴は母国に帰国することになった。メールのやりとりは続いていた。

帰国後、3日も経たないうちに笙鈴はメールで言った。

 「アフリカで人道支援の仕事をする。」

 「え、何の仕事?凄いね!大丈夫?」

 翠は返信した。

 「紛争による怪我人や難病を抱えている人のケアを看護師としている。」

 と笙鈴のメールが来た。

 「彼らが発展しなかったのは過去に欧米が彼らの土地を蹂躙したからダ。

 欧米に同じく蹂躙された中国人として出来るだけ愛情をコメル。」

 と笙鈴は言った。

 「凄いね、尊敬するよ。」

 翠は動揺をかくせなかったが急いでメールした。


 発展途上国、ましてや慣れないアフリカで慈善活動するなんてとても出来ない翠は、笙鈴を尊敬し、笙鈴を天使だと思った。

そして出会った頃に罵られ今も時々笙鈴が口にする日本の戦争犯罪についてを思い浮かぶ度に頭が割れそうに痛くなり思考が何度も停止した。

笙鈴が帰国した後からメールは以前より密になり、1週間くらい経った頃にはすでに翠には色んな思いが募り、数か月、否、一年、笙鈴と会話しているような心持になった。


 そんなある日に、笙鈴は活動募金を要求した。

翠は最初は10万円募金した。笙鈴の一緒に活動している人が日本に滞在しているので日本の銀行口座に振り込みを依頼された。

笙鈴は翠の10万円を

 「足りない。」

 と言った。

翠は、

 「僕にも生活がある。」

 と笙鈴に伝えた。そして毎月5万円振り込んだ。


 「欧米や日本に対する憎しみが溢れてしまう。過労と心労でもう無理だ。

  でも…あなたは日本人なのに…私はあなたとの平穏を望んでしまうの。

  つまりあなたを愛してしまった。

  荷物を日本に送る。日本で結婚して一緒に住もう。」

 振込始めて5カ月目のある日の突然の告白だった。笙鈴はそのメールと共に宅配便の伝票の写真を見せた。

出会った時に教えてしまった翠の住所が記載されていた。


 カレンダーの日付は推移していく。荷物は一週間くらいで届くと思っていた。

中には全財産と着替えや日用品が入っているという。

配送の知らせの翌日には、ヨーロッパに本社を持つ配送会社からのメールと会社のホームページのリンクがあった。リンクを確認したが、船と飛行機の絵のホームページで全て英語で書かれ本社の住所が載っていた。しかしリンクされた会社のSNSにはアクセスできなかったり、配送状況の確認のページもサーバーが重いためアクセスできませんと英語で表示されてしまった。

(おかしいな。)

翠は不審に思い配送会社にメールして問い合わせたが、

 「日本のサーバーの不具合のせいだろう。」

 と言われ信じてしまった。

 3日目の朝には

 「ドバイでコロナウィルスのために税関で

  追加の税金を払わなくてはいけません。」

 と配送会社からメールが来た。

金額は10万円。振込先は日本の銀行の外国人が口座主の口座。

翠は配送に支障が出たらまずいと慌ててその日の朝に振り込みした。子供の頃に貯めていた貯金があった。

 「これで荷物は無事に届くだろう。」

 翠は安堵しスマホを取り出して服飾雑貨を見ていた。笙鈴が身につけたら綺麗だろうもの、笙鈴が喜ぶ顔を想った。それから2人で暮らすアパートを探していた。そして求人情報も見た。

翠は卒業まであと1年だが、もっとバイトも増やすし、笙鈴も

 「看護師資格があるからそれで再就職を目指す。」

 と言ってくれていた。

しかし一週間後には

 「また韓国でコロナウィルスのため関税を余分に払わなくてはいけません。」

 と配送会社からメールが届いた。金額は…

 「20万円」

(詐欺?)

翠は少し不安になり笙鈴にメールしたが、

 「荷物は私たちの生活の為よ。お金もたくさんあるの、あとで返すわ。」

 とメールされた。

翠のテーブルには授業料の払込票が入った封筒が置いてあった。

 「今月は家計が苦しいの。悪いけど翠が少し足りない分を足してくれない?

  バイトしてるし貯金もあるでしょ?」

 翠の母からメールが来ていた。翠は授業料を一部負担しなければならない。

 「笙鈴、払えない。僕は大学の費用も出さなければならない。」

 「は?なんで?私の荷物はどうするの?私たちの生活のためなのよ!」

 「でも、無理なんだ。電話する。」

 翠は笙鈴に電話した。

 「ごめん、荷物の代金を賄えない。僕にも生活があるんだ。」

 「嫌よ。そんなのふざけんな!払えよ!払え!」

 翠は凄むような笙鈴の怒声に怯えた。

 「死んでも諦めるな!払わなかったら訴えてやるからな!」

 そして電話は切られた。

 ピコン。メールが届いた。配送会社からだ。

 「税金を支払わない場合、裁判で訴えます。」

 翠はその脅しに身震いした。

恐怖を抑えきれずスマホで110番を打ち始めた。

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