第2話 遠い日の尋ね人

 手紙は厚めの何の変哲もない白封筒に入っていた。縦書きで書かれた住所は私宛であることは間違いがなかった。

 開封しようと裏返しにした瞬間に、手がぴりりと痺れた。

和子はただ彼とクラスメートだった、(しかも1年間くらいしか)

それなのに何の用なのだろう?

糊のあとを指でなぞり、非日常的な封筒の、その形をもう一度吟味した。

そして封筒の隙間に指を滑らせ、できるだけ優しく糊を外しながら開けていった。

縦書きの封筒に、いつかの陰の儀式の袋の形の記憶がよぎったが、不自然さをそっと隠した。


「久しぶり、和子ちゃん、元気にしてる?

 僕のこと、覚えているかな?

 中学2年生の時に、同じクラスになって以来だね。

 突然、手紙が出したくなったんだ。


 僕が話してた夢を覚えてる?

 あんなの噓だって、クラスの何人かには言われたよ。

 僕が英語の小テスト、毎回赤点だったせいかな?

 そんなの僕の美術と国語の良さがわかれば言われなくて済むことだったのに。

 あれから僕は高校卒業後、芸術系の専門学校に入学して卒業した。

 ずっと夢だった映画監督になるために、映画製作会社に就職した。

 下っ端だったから、脚本を送ったり、自分で短い映画を撮影したりして夢の実現の為に頑張っていたんだ。

 それで僕のそうした取り組みが評価されて、勤めていた映画作成会社で僕の映画を作りましょうという

話になったんだよね。

 制作は順調に進んだ。

 だから、ぜひ和子ちゃんにも見てもらいたくて、試写会のチケットを送るね。

 だって、和子ちゃん、僕の将来の夢の発表の時に、一番よくうなずいて聞いていてくれたよね。

 嬉しくてずっと忘れられなかったよ。

 来てくれるよね?忙しい中ごめんね。

 だけど、僕は試写会には行けない。

 映画館では会えないけど、和子ちゃん、君が席に座って見てくれることを願っているよ。


 5月吉日 三輪みわ 行尋ゆきひろ

 

  封筒をもう一度見ると、奥に試写会のチケットが一枚あった。

(1枚、私一人でいかなきゃならないのかな?それに東京)

和子は少しためらった。

(他に仲が良い子はいなかったのかな?)

手紙をもう一度見た。先の内容と日付、名前だけでそれ以上の情報はない。

(ちょっと、連絡先くらい教えてくれてもいいのに。)

封筒を裏返し、行尋の住所があるのを確認した。

(はぁ。電話番号くらいあったら良かったのに。)


 住所は中学の学区内。おそらく実家だろう。

和子は、妙な気持ちを抑えきれず、会社の休みの日、手紙の送り先の住所へ訪ねた。

普通の一軒家だった。築20年くらいは経っているのだろうか。木造建てで普遍的な家庭の家だ。

インターホンを押すと、

 「どちらさまですか?」

 と年配の女性の声がした。

 「行尋さんの元クラスメートの雀野、雀野和子すずのかずこといいます。」

 「…。」

 女性は数十秒か沈黙した。和子まで身体が硬直した。

 「そうですか…。今玄関を開けますね。」

 女性はやっとしゃべり、インターホンが切れた。

 

 ガチャ。玄関は静かに開いた。

 「こんにちは、よくいらっしゃいましたね。」

 年配の女性は優しく私を迎えた。柔らかくほうれい線がしわになり女性は微笑んだ。

 「はじめまして。行尋さんの元クラスメートの雀野和子です。今日は突然失礼致しました。」

 和子は軽く会釈をした。

 「行尋の母です。今日はどういった御用でしょうか。」

 行尋さんのお母さんは、そう言うと、目を少し大きくし和子を見つめた。

和子はショルダーバッグから手紙を取り出した。

 「行尋さんは、今いらっしゃいますか?お手紙をいただいのですが…。」

 行尋さんのお母さんはまた目を瞬かせた。

そして和子の手に持っている封筒を眺め確認するとやっと納得したようにまた和子を見つめた。

 「あの、行尋はいません…。」

 声がすこしかすれていた。

 「いつ頃戻られるのでしょうか?」

 「いえ、そのいないんです。」

 行尋さんのお母さんの言葉に、和子はびくっとして顔を覗き込んだ。

行尋さんのお母さんは両手を顔に覆ってしまった。そして少し震えた。

 「大丈夫ですか?」

 和子は何か失礼なことをいってしまったのか不安になり行尋さんのお母さんを心配した。

少しの間、行尋さんのお母さんは震えていたが、やっと手を離すと、覚悟したように言った。

 「手紙…には何もかかれていなかったのですね。行尋は亡くなりました。先月のことでした。」

 和子の耳に予想外の言葉がこだました。

和子の指先もまた震え、心の底の暗闇の池の水面は僅かな波紋が少しずつ端々まで伝わり始めた。

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