気配

 高校生の頃、夏休みも終わりぎわの話。


 その日僕は、本屋に行くためにショッピングモールに来ていた。エレベーターに乗った瞬間、無人と思っていた空間に気配と視線を感じて、慌てて顔を上げた。

 目の前には大きな鏡があった。その鏡に、売り場のマネキンが映り込んでいる。

 少し気恥ずかしい思いで扉の側に向き直って、三階のボタンを押す。扉の向こうには本物のマネキンが見える。

 男性用の、夏っぽいラフな服を着たマネキンの白い肌。キャップ帽を被ったのっぺらぼうの顔。けれど、すぐに違和感を覚えた。

 鏡の中のマネキンには目があったはずだ。キャップ帽の下から覗く二つの目。そこだけ本物を埋め込んだように妙に存在感のある目。

 ギョッとして振り返ると、扉がほとんど閉まる直前だった。


 鏡に映り込む、そのわずかな隙間を通して、マネキンと目が合う。


 エレベーターが動き出してからも、僕は硬直して鏡をずっと睨んでいた。目的の三階についた瞬間、逃げるようにその場を離れた。

 買い物をしているうちに多少落ち着いたけれど、しばらくそのエレベーターには近づかなかった。そうこうしているうちに売り場のマネキンはどこかへ移動してしまった。

 今となってはあれがなんだったのか確認する手立てもない。

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