黒目
小学生を卒業するまでの間、父の運転する車で白樺湖の周辺を通ったことが何回かある。習い事の用事で年に一度ぐらい発生するイベントだった。
その辺りの一部はやけに明かりが少なくて、霧が出るとほとんど前が見えないときもあった。そんな霧に紛れて、顔の描かれた看板がいくつも立っていた。画風はバラバラだったけど、どれもよく言えば味のある画風で、たくさんの子供か、少なくとも素人が絵の具で描いたものを拡大コピーしたようなのもだと感じられた。
この絵というのがまた不気味で、描かれた顔は、どれも白目がないのだった。グリグリと丸く塗りつぶされた目も、アーモンド型に律儀に縁取られた目も、漫画っぽくかまぼこ型にされた目も、全て真っ黒で、ところどころの塗り残し以外は全てが黒目なのだった。
この絵は幼い僕の心に浅からぬ傷を残し、僕は未だに白目のないように見える顔の写真や絵が苦手だ。
習い事をやめて以来しばらくはその道を通ることもなく、記憶が薄れていた。けれど、大学院にいた頃に研究室の用事でその辺りを通ることがあった。そのときは霧が出ていなかったけど、見覚えのある道を通っているのがわかった。
なのに、あの顔の看板が一つもない。
何の気なしに院の仲間にそのことを話すと、運転していた教授が自分はそんな絵は見たことがないと口を挟んだ。曰く、十年ほど前から何回かその道を通っているとのことだった。習い事をやめた時期を考えるとギリギリ辻褄は合うぐらいの時系列だ。
帰ってから両親にもその話をしたけど、「へー、無くなっちゃったんだ。確かに不気味ではあったね」ぐらいの反応だった。ただ、二人にもその看板が何の目的で立てられていたのかは皆目わからないとのことだった。
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